弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

業務委託先個人事業主によるセクハラ被害を訴える供述の信用性評価

1.セクハラの立証-供述の信用性評価に係る裁判例を検討する意義

 一般論として言うと、セクシュアルハラスメント(セクハラ)は、第三者の目に触れない場所・態様で行われる傾向にあります。そのため、セクハラに関しては、主要な証拠が被害者の供述しかないことも少なくありません。

 この被害を受けたと主張する方の供述が、加害者とされた人の言い分と真っ向から食い違う場合、法曹実務家は、どちらの言い分が信用できるのかという問題に直面することになります。

 客観証拠や第三者証言が乏しい中、供述を対照してどちらの言い分が信用できるのかを判断する作業は、率直に言って、かなり難しいです。しかし、だからといって安易に立証責任論で処理することが許されるテーマではなく、この問題は、法曹実務家の頭を悩ませています。

 見通しの立てにくい難しい問題に取り組んでいくにあたり重要なのは、何といっても裁判例の検討です。どのような事案で信用性が肯定され、どのような事案で信用性が否定されているのかを一つ一つ地道に分析して行くことでしか事実認定をする力は身に付きません。

 労働者に対するセクシュアルハラスメントの存否との関係で、被害労働者の供述に信用性が認められるのか否かが問題になった裁判例に関していうと、相当数の公表裁判例が蓄積されています。

 しかし、業務委託先に対するセクハラが問題になった事案で、個人事業主である業務受託者の供述の信用性が問題になった裁判例に関していうと、それほど多くの公表裁判例があるわけではありません。昨日ご紹介した、東京地判令4.5.25労働判例ジャーナル125-22 アムール事件は、個人事業主である業務受託者のセクハラ被害に関する供述に信用性が認められた事案という意味においても参考になります。

2.アムール事件

 本件で被告になったのは、エステティックサロンの経営等を目的とする株式会社(被告会社)と、その代表者です(被告代表者)。

 原告になったのは、美容ライター等と称して個人事業主として働いていた方です。

ウェブサイトの運用等に係る業務委託契約を締結し、当該業務を行ったにもかかわらず、被告会社から報酬が支払われない、

被告代表者からハラスメントを受けた、

などと主張し、準委任報酬や損害賠償金の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 本件ではセクシュアルハラスメントを構成する行為の一部が争われましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の供述の信用性を認め、これに添う事実を認定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、認定事実・・・について、これに沿う供述をする一方、被告代表者はこれを否定する供述をすることから、以下、上記の各認定事実に沿う原告の供述を採用した理由について補足して説明する。」

「まず、認定事実・・・について、原告は、平成31年3月20日、被告代表者からこれまでの性体験や自慰行為等に関する質問をされた旨を供述(甲61の陳述書を含む。以下同じ。)する一方、被告代表者はこれを否定し、性体験や自慰行為等について話を始めたのは原告の方である旨を供述(乙8の陳述書を含む。以下同じ。)する。」

「しかしながら、被告代表者から本件店舗の体験記事を執筆するよう依頼され、記事の内容等について打合せを行うために本件店舗を訪れた20代の女性である原告が・・・、初対面の年長の男性に対し・・・、自ら進んで性体験や自慰行為等について語を始めることはおよそ考え難く、被告代表者において、原告が自らの性体験や自慰行為等について話を始めるに至った経緯を具体的に供述することができていないことを併せ考えると、原告の方から性体験や自慰行為等について話を始めた旨の被告代表者の供述はその内容において不自然であるといわざるを得ないから、性体験や自慰行為等について質問をしたのは被告代表者の方である旨の原告の上記供述はより自然である。

「また、認定事実・・・について、原告は、令和元年10月7日、被告代表者から、上半身の着衣を脱ぐよう指示され、女性Aと互いに相手の胸を触るよう指示された旨を供述する一方、被告代表者はこれを否定し、原告と女性Aが自発的に着衣を脱いで互いに相手の胸を触った旨を供述する。」

「しかしながら、原告がエステの施術講習において施術モデルを務めていたという同日の状況を考慮しても、女性である原告と女性Aが、男性である被告代表者の面前において自発的に上半身の着衣を脱いだり、互いに相手の胸を触ったりすることはおよそ考え難く、被告代表者の上記供述(これに沿う女性Aの陳述書(乙9)を含む。)はその内容において不自然であるといわざるを得ないから、被告代表者から上半身の着衣を脱ぎ、互いに相手の胸を触るよう指示された旨の原告の供述はより自然であるといえる。

「さらに、原告は、認定事実・・・の平成31年3月28日の出来事、認定事実・・・の令和元年6月3日の出来事、認定事実・・・の同月17日の出来事、認定事実・・・の同年9月4日の出来事及び認定事実・・・の同年10月7日の出来事について、上記各認定事実に沿う供述をする一方、被告代表者はこれらを全面的に否定する供述をする。」

「しかしながら、被告代表者が、平成31年4月14日、本件店舗において原告に2回目の施術を行う前に、原告のスマートフォンのカメラを利用したとはいえ、原告の下着を下げさせ、臀部や下腹部を大きく露出させた写真を撮影していること・・・、原告が、令和元年6月15日、被告代表者に対し、7回目の施術が予定されていた同月17日からは施術をしないで打合せだけを行うことを申し出ており、施術を望まない理由があったものと認められること・・・、原告が、同年10月25日、出版ネッツに対する初回の相談において、施術時に下着を脱がされて陰部を触られるなどの被害に遭ったことを申告しており・・・、以後、本件訴訟において一貫して同様の被害を訴えていること、上記・・・において説示したとおり、被告代表者の供述はその内容において不自然な部分がある一方で、認定事実・・・の各事実に係る原告の供述は具体的かつ詳細であって、その内容は被告代表者の供述に比して自然であることからすると、原告の上記供述は全体として信用することができる。

「これに対し、被告らは、原告が被告代表者からセクハラ行為を受けたと主張する平成31年3月20日以降も自ら本件店舗の利用を希望し、被告代表者に対してセクハラ行為等による被害を訴えたこともなかったこと、原告と被告代表者とのメッセージのやり取り・・・からも、被告代表者によるセクハラ行為等の存在はうかがわれないこと、出版ネッツと被告会社との団体交渉においても、原告が被告代表者によるセクハラ行為等による被害を訴えているという主張はなかったことなどから、原告の供述は後付けの供述であって信用することができない旨を主張する。」

「しかしながら、原告が、令和元年6月15日、被告代表者に対し、7回目の施術が予定されていた同月17日からは施術をしないで打合せだけを行うことを申し出ており、施術を望まない理由があったものと認められることは、上記・・・において説示したとおりであるところ、以後、原告が本件店舗において施術を受けた事実を認めるに足りる証拠はない。」

「また、原告は、当時、美容ライターとして固定額の月収を得られる仕事に就いたことがなく・・・、平成31年3月、原告HPの問合せフォームを通じて被告代表者から記事の執筆を依頼され、同年4月には、執筆した記事を高く評価され、更なる記事の執筆を依頼されたこと・・・、令和元年6月には、被告代表者から、基本給を月15万円として業務委託契約を締結し、同年8月から被告会社のウェブ運用責任者として被告会社HPを製作及び運用することなどを依頼され、仕事の内容や結果をみて報酬を増額することや役員ないし正社員として採用する可能性を示唆される一方で、結果が出なければすぐに契約を終了させる旨を告げられていたこと・・・、同年7月1日には、被告代表者に本件契約書案を交付し・・・、同年8月1日から、被告代表者の指示を仰ぎながら被告会社HPにコラム記事を掲載するなどの業務を履行したが、被告代表者から、執筆した記事の質が低いことや原告が兼業をしていることなどを理由として契約を打ち切る旨、今後の仕事の成果次第で報酬を支払う旨を告げられ、被告会社HPにコラム記事を掲載するなどの業務を継続したこと・・・などの事実経過に照らすと、美容ライターとして安定した収入を得ることを嘱望する原告が、被告会社から業務の依頼を打ち切られ、報酬の支払を受けられなくなることを恐れて、被告代表者に対してセクハラ行為等による被害を訴えず、被告代表者との間でセクハラ行為等の存在をうかがわせる内容のメッセージのやり取りをしなかった可能性も十分あり得るというべきであるから、これらの事情をもって、直ちに原告の供述の信用性が否定されるものではない。」

「さらに、原告は、出版ネッツと被告会社との団体交渉が行われる前の令和元年11月11日、被告代表者の行為について築地警察署に相談をしており・・・、警察から捜査に支障が出ることを理由として被告代表者によるセクハラ行為等を団体交渉の対象事項としないよう指示されていた可能性もあり得る以上、出版ネッツと被告会社との団体交渉において、原告が被告代表者によるセクハラ行為等による被害を訴えているという主張がなかったとしても、そのことをもって直ちに原告の供述の信用性が否定されるものではない。」

「したがって、被告らの主張はいずれも採用することができない。」

「以上によれば、認定事実・・・に係る原告の供述はいずれも採用することができる。」

3.証拠の優越的な考え方で信用性判断をしているのだろうか?

 一般にある事実を認定するためには、裁判官に「高度の蓋然性」があると確信させる必要があります。「高度の蓋然性」という概念の内容は説明し辛いのですが、立証に「高度の蓋然性」を必要とする考え方は、一般的には「証拠の優越」(どちらかといえばある/どちらかといえばない)よりも事実認定のハードルを高くするものと理解されています。

 しかし、本件の裁判所は加害者とされた人(被告代表者)と被害を受けたと主張している人(原告)の供述の双方を対象し、どちらがより自然なのかといった観点から信用性判断を行い、事実認定をしているように思われます。

 また、理論的には加害者供述が信用できないことと、被害者供述が信用できることとは別個の問題であるはずなのですが、これを結び付けている点でも、本裁判例の供述の信用性評価の手法は特徴的です。

 セクハラに関しては、他の被害類型にはみられにくい独特な事実認定が行われることが少なくありませんが、本件の判示も被害者側で事件を行うにあたり参考になるように思われます。