弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクシュアル・ハラスメントに対する無意味な弁解「酒に酔っていて記憶にない」

1.セクシュアル・ハラスメントに対する典型的な弁解

 酒席でのセクシュアル・ハラスメントに対し、加害者側から「酒に酔っていて記憶にない」と弁解されることがあります。

 しかし、このような弁解は、不利に働くことはあっても、有利に働くことは先ずありません。

 先ず、酒に酔っていたことは、言動の違法性を阻却する事由であるとも、責任を減免させる事由であるとも考えられていません。酒に酔っていたとしても、裁判所は気にせず不法行為の成立を認めますし、これを損害額の算定にあたり加害者の有利に考慮することはありません。

 また、「酒に酔っていて記憶にない」などと記憶が怪しいことを自認してしまうと、「セクシュアル・ハラスメントと捉えられかねないような言動はしていない」という主張、供述の足を引っ張ることになります。事実認定権者に「記憶にないのに、なぜ、言動をとっていないと分かるのか?」という疑問を生じさせるからです。被害者側が明確な供述をしている時に、「酒に酔って記憶にない」などと枕詞をつけて認識を述べても、信用できないと排斥されるのが関の山です。

 近時公刊された判例集にも、酒に酔って記憶がなかったとの供述と一緒に行われた否認供述の信用性が排斥された裁判例が掲載されていました。長崎地判令5.1.24労働判例ジャーナル135-44 長崎県事件です。

2.長崎県事件

 本件で被告になったのは、長崎県です。

 原告になったのは、被告に外国語指導助手(ALT)として任用されたアメリカ合衆国の国籍を有する女性です。P1教頭、英国国籍のP2(ALT)からセクシュアルハラスメントを受けたとして、慰謝料を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 P1との関係では、文化祭の慰労等を行う目的で行われた打ち上げの二次会での言動が問題視されました。問題視されたのは、次の二つの言動です。

・本件二次会の行為〔1〕

「本件二次会では、カラオケが行われており、P1教頭も歌を歌ったが、その際、同人の顔を、原告の顔に約20~30センチメートル近づけた」

・本件二次会の行為〔2〕

「P1教頭は、本件二次会の席で、原告に対し、『Do you want to come home with me?』(本件発言)又はこれに類する発言をした」

 P1の供述に基づいて、被告は「本件二次会の行為〔2〕」の発言を争いましたが、裁判所は、次のとおり、P1の供述の信用性を否定し、「本件二次会の行為〔2〕」の存在を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件二次会でP1教頭による本件発言(『Do you want to come home with me?』)がなされたと主張し、同趣旨の供述等・・・をする。」

「そこで、原告の供述等の信用性を検討すると、原告は、本件二次会の直後から、P4教諭への相談や,本件二次会のセクハラに関する文書の提出などの中で、一貫して本件発言の存在を訴えており・・・、これを問題視していること、原告作成の本件二次会のセクハラに関する説明文書にも、セクハラ事件の記録としてP1教頭による本件発言が記載されている上、同文書にはP6校長も署名押印していること・・・、以上の事実からすれば、それが一言一句たがわずに原告が主張するとおりであったかどうかは別として、P1教頭から本件発言を言われたことを認識したという原告の供述等は信用できる。もっとも、原告が英語を母国語とする者である・・・のに対し、P1教頭は英語を不得手としている(証人P1)ことからすれば、原告において、文法的に不正確なP1教頭の発言について、無意識に語句等を補完するなどした上で、本件発言の存在を認識した可能性は否定できない。そうであったとしても、本件発言と同旨の発言がなければ、上記のように原告が本件発言の存在を認識するとは考えられないから、少なくとも、本件発言又はこれに類した発言が存在したこと(本件二次会の行為〔2〕)との事実を認めるのが相当である。」

「これに対し、被告は、上記・・・被告の主張欄のとおり主張し、P1教頭も、法廷において、本件発言の存在を否定する証言をし、被告による聴取・・・に対して同趣旨の回答・・・をする。」 

「しかし、P1教頭は、本件二次会開始時点で、既に酒に酔った状態であったし・・・、本件二次会の途中からは眠ってしまうなどして記憶がなかった(乙4、証人P1)というのであるから、同人の本件二次会における出来事についての記憶の正確性には疑問がある。

「そもそも、本件発言は、『come』、『home』等の簡単な単語で構成されているのであり、P1教頭が、これらの単語の意味を知らなかったとは考えられないし、本件発言は、直訳すると『あなたは私と一緒に家に来たいか?』という意味になるところ、かかる表現は、日本語においても、当該発言がされた状況、すなわちそれがなされた時間や場所、相手との関係性等によっては、性的な接触の期待を暗示する表現であるといえる。そうすると、P1教頭が本件発言のスラングの意味を知らなかったとしても、本件発言及びこれに類する発言の存在を否定する事情にはならない。」

「また、実現可能性が乏しいとしてもそのような発言をすることはあり得るのであるから、P1教頭が妻子と同居しており実際に原告と共に帰宅できる状況ではなかったとしても、本件発言やこれに類する発言の存在を否定する事情にはならない。」

したがって、P1教頭の上記証言等は信用することができず、被告の上記主張は採用することができない。

3.記憶にないは無理

 セクハラの加害者として責任を問われそうだという相談を受けていると、「酔っていて記憶にない」とお話になる方がいます。

 しかし、上記裁判例からも示唆されるとおり、「酔っていて記憶にない」で裁判を乗り切るのは困難がありあす。本当に記憶のないケースであれば仕方がないのですが、問題の言動をとってしまったという記憶が多少なりともある場合には、無理筋の主張はせず、金額面での争いに注力した方が合理的であるように思われます。