弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

外国人に対して無理して不得手な英語を使って、セクシュアル・ハラスメントとされた例

1.状況や脈絡によって性的な意味を帯びる言葉

 言語表現には、それ単体では性的な意味を持っていなくても、状況や脈絡によって性的な意味合いを帯びるものがあります。

 例えば、「家に来ないか。」という言葉があります。小学生の子どもが珍しい虫を捕まえたことを自慢したくて、友達に対し「家に来ないか。」と言ったところで、それがセクシュアル・ハラスメントに該当すると考える人はいないはずです。しかし、夜、酒の入った席で、大人が異性に対して「家に来ないか。」と言えば、性的な意味合いを感じる方も少なくないのではないかと思います。

 また、言葉には、性的な意味が隠されているものもあります。例えば、「尺八」という言葉は、通常、日本の伝統的な木管楽器を指す名詞として使われます。しかし、口淫を表す隠語として使われることもあります。

 性的な意味に捉えられかねない状況で、こうした言葉の使用を避けることは、日本語表現に慣れ親しんでいる人にとって、それほど難しいことではありません。

 しかし、性的な婉曲表現や隠語を持っているのは、何も日本語に限ったことではありません。他の言語にも、性的な意味合いを帯びている婉曲表現や隠語は数多く存在します。こうした他言語の性的婉曲表現や隠語にまで通暁しておくことは、決して容易ではありません。

 それでは、不得手な英語を使って話しかけたところ、それが英語圏の人にとっては性的な意味合いを持つものとして受け取られる場合、直訳した日本語を見る限りでは性的な意味合いがなくても、セクシュアル・ハラスメントになることはあるのでしょうか?

 昨日ご紹介した長崎地判令5.1.24労働判例ジャーナル135-44 長崎県事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.長崎県事件

 本件で被告になったのは、長崎県です。

 原告になったのは、被告に外国語指導助手(ALT)として任用されたアメリカ合衆国の国籍を有する女性です。P1教頭、英国国籍のP2(ALT)からセクシュアルハラスメントを受けたとして、慰謝料を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 P1との関係では、文化祭の慰労等を行う目的で行われた打ち上げの二次会での言動が問題視されました。問題視されたのは、次の二つの言動です。

・本件二次会の行為〔1〕

「本件二次会では、カラオケが行われており、P1教頭も歌を歌ったが、その際、同人の顔を、原告の顔に約20~30センチメートル近づけた」

・本件二次会の行為〔2〕

「P1教頭は、本件二次会の席で、原告に対し、『Do you want to come home with me?』(本件発言)又はこれに類する発言をした」

 本件二次会の行為〔2〕について、原告米国籍の女性は、次のような主張をしました。

(原告の主張)

「P1教頭は、本件二次会において、原告に接近して大声で歌った後、原告に英語で、『Do you want to come home with me?』・・・と尋ねた。」

本件発言の直訳は、『私と一緒に帰りたい?』というものであるが、婉曲表現・スラングとして、『私とセックスしたい?』(Do you want to have sex with me?)との意味で使われている。

「原告は、本件発言をセックスの誘いとして解釈し、非常に不快に感じた。」

 これに対し、被告は、次のとおり反論しました。

(被告の主張)

「P1教頭は、本件発言の直訳の意においても、スラングの意においても本件発言の語句を知らない。また、P1教頭は、自宅において、妻及び子2人と同居しており、原告を誘う状況もない。したがって、P1教頭による本件発言の事実は認められない。仮に本件発言の事実が認められるとしても、日本においてはスラングとして通用するものではないから、セクハラ行為と認定することはできない。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件発言がセクシュアル・ハラスメントに該当することを認めました。

(裁判所の判断)

本件発言は、直訳すると『あなたは私と一緒に家に来たいか?』という意味のものであり、それだけを見れば、性的な意味を有するものではない。

しかし、本件二次会の行為〔2〕それ自体を単体として評価すべきではなく、それがなされた状況や経過、具体的には、本件二次会という夜の酒席の場での発言であること・・・、異性間のやり取りであること・・・、P1教頭は、原告の顔に自身の顔を近づけるという行為(本件二次会の行為〔1〕)もしていたこと・・・等も考慮すると、本件二次会の行為〔2〕は、P1教頭の原告に対する性的な誘いを暗示させる発言をしたものとして受け止められ得るものと評価できる。

「上記評価を前提に、本件二次会の行為〔2〕のセクハラ該当性について検討する。
 本件二次会は、出欠確認がなされた文化祭の打ち上げ(一次会)の後に引き続き行われたものであることや、参加者は全員が特別支援学校の教職員であるという参加者の構成・・・などからすれば、本件二次会の行為〔2〕は『職場において行われ』たものとして、職務関連性が認められる。」

「そして、本件二次会の行為〔2〕の評価は上記・・・のとおりであって、そうすると、これは『性的な言動』(性的な内容の発言)に当たるといえる。原告にとっては上司にあたる管理職であるP1教頭による言動であることなども考慮すれば、不快感にとどまるのみならず、恐怖や不安感をも感じさせるものであるし・・・、現に原告に対し職員室の席替え等の措置が取られていること・・・も考慮すれば、原告の『意に反する』ものであって、『労働者が就業する上で看過できない程度の支障を生じさせる』ものであるといえる。」

「したがって、本件二次会の行為〔2〕は、『環境型セクハラ』であると認められる。」

「これに対し、被告は、上記・・・のとおり主張する。」

しかし、直訳の意味や発言がなされた状況等からすれば、日本語の場合であっても英語の場合と同様に性的な誘いの意味を有するものとして受け止められることに変わりはない。そして、原告は、そのような発言がされた状況等を踏まえて本件発言をセックスの誘いであると解釈したのであるから・・・、被告の上記主張は採用することができない。

3.直訳しても問題のある表現ではあったが・・・

 昨日の引用部分にも書かれているとおり、裁判所は、

「P1教頭は英語を不得手としている(証人P1)」

という事実を認定しています。

 確かに、判決文を見る限り、P1が英語を得意としているようには思われません。家で妻子と同居していたのであれば、性的行為に及ぶというのも現実的ではないように思われますし、主観的に性的な意図を有していたのかは疑問の余地があります。

 しかし、裁判所は、セクシュアル・ハラスメントの成立を認めました。

 この判断は、直訳日本語表現でも性的な誘いとして受け止められても無理のない状況であったことを前提とするもので、非英語話者にとって本当に分かりにくい婉曲表現・隠語になってしまった場合にどうなるかは分かりません。

 とはいえ、生兵法は怪我のもとであり、外国人に外国語で話しかける時には、慎重に言葉を選んでおいた方が無難そうです。