弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクシュアル・ハラスメント-厚生労働省告示(措置指針)が定める事前措置・事後措置が使用者の債務になるとされた例

1.均等法上の義務と事前措置義務・事後措置義務

 セクシュアル・ハラスメントの被害を受けた時、使用者に対し、適切な事前措置・事後措置をとらなかったことを理由に損害賠償を請求することがあります。特に、事後措置との関係で「使用者が迅速、適切な対応をとらなかったことが職場環境配慮義務違反と認定」された事例は少なくありません(第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、改訂版、令5〕624頁以下参照)。

 この事前措置義務違反、事後措置義務違反を追及するうえで重要な意味を持つのが、男女雇用機会均等法とその関連法令です。

 男女雇用機会均等法11条1項は、

「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

3 事業主は、他の事業主から当該事業主の講ずる第一項の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない。

4 厚生労働大臣は、前三項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において『指針』という。)を定めるものとする。

と規定しています。

 これを受けて、厚生労働大臣は、

「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき
措置等についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)【令和2年6月1日
適用】」(措置指針)

を設け、就業環境を良好に保つために使用者が講ずべき措置を具体的に定めています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 民事的な事前措置義務、事後措置義務の内容を考えるにあたっては、措置指針の内容が参照されることになります。

 しかし、ここで一つ問題があります。

 男女雇用機会均等法上の義務は、公法上の義務とされています。個々の労働者に対する義務であると理解されているわけではありません。このような法体系のもと、措置指針上の義務を、私法上の義務を措定するうえでの考慮要素とすることを超え、そのまま私法上の義務として理解することはできないのでしょうか?

 一昨日、昨日とご紹介している長崎地判令5.1.24労働判例ジャーナル135-44 長崎県事件は、この問題を考える上でも参考になる判断を示しています。

2.長崎県事件

 本件で被告になったのは、長崎県です。

 原告になったのは、被告に外国語指導助手(ALT)として任用されたアメリカ合衆国の国籍を有する女性です。P1教頭、英国国籍のP2(ALT)からセクシュアルハラスメントを受けたとして、慰謝料を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 本件の原告は、長崎県に対し、加害者への代位責任を追及したほか、事前措置義務違反・事後措置義務違反を理由とする慰謝料も請求しました。

 裁判所は、結論として、県の事前措置義務違反・事後措置義務違反を否定したのですが、各義務の内容について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「これら定めによる措置義務は事業主に課された公法上のものであって、措置指針や要綱によって、ただちに被告が、労働者である原告に対して、上記措置を取るべき義務を負うものではない。もっとも、使用者は、雇用契約に信義則上付随する義務として、労働者に対し、労務の提供に関して、良好な職場環境の維持確保に配慮すべき義務(職場環境配慮義務)を負っているのであるから、その具体的内容を検討するに当たっては、措置指針や要綱の趣旨を取り込むことができると解される。」

「ここに措置指針は男女雇用機会均等法11条4項に基づき定められたものであるところ・・・、要綱は職員等の人権の尊重や良好な勤務環境等の確保を図ることを目的として定められたものであることからすると・・・、措置指針と要綱は同じ趣旨に基づき定められたものと考えられる。そして、要綱の目的(人権尊重及び勤務環境等の確保)は、使用者と労働者という私法上の法律関係においても妥当するというべきことからすれば、上記雇用契約に付随する義務の具体的内容は、措置指針及び要綱を踏まえて判断するのが相当であり、措置指針及び要綱が定める事前措置及び事後措置が取られていると認められない場合には、被告に債務不履行を認めるのが相当である。

※ 要綱:県立学校におけるハラスメントの防止等に関する要綱

3.措置指針が定める事前措置・事後措置が取られていない=債務不履行とされた

 上述のとおり、裁判所は、措置指針が定める事前措置・事後措置が取られていると認められない場合には、使用者に債務不履行が認められると判示しました。

 措置指針に基づいて事前措置義務違反・事後措置義務違反を指摘すると、使用者側から、しばしば「措置指針は公法上の義務を規定したものにすぎない」という反論が出されます。本裁判例の上記判示部分は、そうした反論に再反論して行くにあたり、活用することが考えられます。