弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

違法派遣を受けた国や地方公共団体に派遣労働者を採用する義務はあるか?

1.労働契約申込みみなし制度

 労働契約申込みみなし制度とは、派遣先等が違法派遣を受けた時点で、派遣先等が派遣労働者に対して、その派遣労働者の雇用主(派遣元事業主)との労働条件と同じ内容の労働契約を申し込んだとみなす制度をいいます(労働者派遣法40条の6)。

 労働契約申込みみなし制度の対象となる違法派遣には五つの類型があります。具体的には、

① 派遣労働者を禁止業務に従事させること

② 無許可事業主から労働者派遣の役務の提供を受けること

③ 事業所単位の期間制限に違反して労働者派遣を受けること

④ 個人単位の期間制限に違反して労働者派遣を受けること

⑤ いわゆる偽装請負等

の五つです。

 派遣先等が労働契約の申込みをしたものとみなされた場合、みなされた日から1年以内に派遣労働者がこの申込みに対して承諾する旨の意思表示をすることにより、派遣労働者と派遣先等との間の労働契約が成立します。

派遣労働者の受入れ

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11650000-Shokugyouanteikyokuhakenyukiroudoutaisakubu/0000099951.pdf

 この労働契約申込みみなし制度の適用主体からは、国や地方公共団体が除外されています(労働者派遣法40条の6第1項柱書参照)。

 その代わり、上記五類型に該当する違法派遣を受けた国又は地方公共団体は、

「当該行為が終了した日から一年を経過する日までの間に、当該労働者派遣に係る派遣労働者が、当該国又は地方公共団体の機関において当該労働者派遣に係る業務と同一の業務に従事することを求めるときは、・・・同項(労働者派遣法40条の6第1項 括弧内筆者)の規定の趣旨を踏まえ、当該派遣労働者の雇用の安定を図る観点から、国家公務員法・・・、国会職員法・・・、自衛隊法・・・又は地方公務員法・・・その他関係法令の規定に基づく採用その他の適切な措置を講じなければならない

とされています(労働者派遣法40条の7第1項)。

 それでは、違法派遣を受けた国又は地方公共団体に対し、労働者派遣法40条の7第1項の規定に基づいて、採用を請求することはできないのでしょうか? 違法派遣を受けた国や地方公共団体には、派遣労働者を採用すべき義務があるとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令4.6.30労働判例1272-5 国・大阪医療刑務所事件です。

2.国・大阪医療刑務所事件

 本件で原告になったのは、日東カストディアル・サービス株式会社(日東)との間で雇用契約を締結していた方です。大阪医療刑務所から自動車運行管理業務を請け負った日東の指示のもと、大阪医療刑務所で運転手として就労していましたが、これが偽装請負(労働者派遣法40条の6第1項5号)に該当するとして、採用の義務付け等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の論旨は、

労働者派遣法40条の7第1項の

「採用その他の適切な措置を講じなければならない」

という文言を手掛かりにしたものでした。

 裁判所は、労働者派遣法40条の7第1項に国や地方公共団体の採用義務を読み込むことができるのかについて、次のとおり判示し、これを否定しました。

(裁判所の判断)

・労働者派遣法40条の7第1項は公務員の地位の特殊性を踏まえた規定であること

「労働者派遣法40条の7第1項は、労働者派遣の役務の提供を受ける者が国等の機関であって40条の6第1項各号のいずれかに該当する場合において、同条所定の期間内に派遣労働者が当該労働者派遣に係る業務と同一の業務に従事することを求めるときは、国等の機関は、同項の規定の趣旨を踏まえ、当該派遣労働者の雇用の安定を図る観点から、国家公務員法その他関係法令の規定に基づく採用その他の適切な措置を講じなければならない旨を規定している。」

「これは、私人間における労働契約関係が合意によって成立するのと異なり、国等の機関で勤務する公務員の地位については、国家公務員法その他の法令や条例によって規律されるものであり、国家公務員においては、能力の実証に基づく成績主義(国家公務員法33条1項)や公正な任用(同条2項1号)といった原則の下、『採用』は原則として競争試験によるものとされるなど(同法36条1項本文)、採用及び欠員補充に当たって、様々な基準及び手続が法定されていること、常勤の職員については定員が法令等によって定められている他(国家公務員について、行政機関の職員の定員に関する法律1条等)、勤務条件や職員への給与の支払につき、法令上の根拠や予算措置が必要であるといった公務員の地位の特殊性を踏まえたものと解される。」

・労働者派遣法40条の7第1項の『採用その他の適切な措置』の解釈

「労働者派遣法40条の7第1項は、このような公務員の地位の特殊性に鑑み、同法40条の6第1項の要件を満たす場合であっても、公務員については、派遣労働者の意思によって直ちにその地位が生ずることとなる効果をもたらすことは相当でないとして、国等の機関を同項の定める申込み擬制の対象から外すとともに、派遣労働者の雇用の安定を図るという同項の趣旨を踏まえ、これらの機関に対しては、『採用その他の適切な措置』を講ずべきこととしたものと解される。」

「このような同法40条の7第1項の趣旨及び性格並びに同条が『採用その他の適切な措置』と規定し、採用は例示であると解されることに照らせば、国等の機関は、同条の要件を満たす派遣労働者からの求めがある場合であっても、直ちに当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする公務員として採用すべき義務があるものではなく、当該派遣労働者の能力、職務内容、賃金や期間(労働契約の始期及び終期)等の労働条件、派遣労働者からの求めがなされた時期及びそれまでに取られた措置の有無・内容、当該業務にかかる定員及び欠員の状況等の諸般の事情を踏まえ、『採用その他の適切な措置』を講ずべきか否か(例えば求めが行われる前に労働者派遣法40条の7第1項第1項所定の適切な措置に相当する対応がとられていた場合や、求めがあった時点で派遣労働者と派遣元との間の労働契約関係が終了していた場合は、措置を講ずる義務を負わないことも考えられる。)や、講ずる場合にいかなる措置を講ずるかを決すべきものであり、その措置の中には、他の機関における非常勤職員募集の情報を提供することや、一定期間経過後に欠員が生ずる見込みがある場合にその情報を提供することなど、当該派遣労働者の雇用の安定に資する事実行為を含む様々な行為が含まれる(したがって、処分に当たる行為に限られない。)と解するのが相当である。」

・労働者派遣法40条の7第1項労働者に対して具体的な権利を付与することを基礎づけるものとはいえないこと

労働者派遣法40条の7第1項に関する上記・・・の解釈を踏まえると、国等の機関は、労働者派遣法40条の7第1項の要件を満たす派遣労働者からの求めがある場合であっても、直ちに当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする公務員として採用すべき義務があるものではなく、同条によって、当該派遣労働者に対して、採用に関する具体的な権利を付与することを基礎づけるような義務があるとは解されない。

3.採用義務(消極)

 以上のとおり、労働者派遣法40条の7第1項を根拠とする採用義務に関しては消極的な判断がなされました。

 認められれば画期的な判決になったはずであり、残念ではありますが、本件は公的機関に派遣されている方に関係する重要な先例として位置付けられます。