弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

学校におけるセクシュアル・ハラスメントに対する事前措置義務違反の否定例

1.セクシュアル・ハラスメントに対する事前措置義務

 昨日、平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針【令和2年6月1日適用】」が、 職場におけるセクシュアルハラスメントが確認された場合、迅速かつ適切に事後対応をとることを求めていると書きました。

 しかし、この指針が求めているのは事後措置をとることだけではありません。指針は職場におけるセクシュアルハラスメントを防止するための雇用管理上の措置をとることも求めています。

 指針の考え方が学校のセクシュアル・ハラスメントにも類推されていることはお話したとおりですが、セクシュアル・ハラスメントを理由として学校に損害賠償責任を追及するにあたり、この事前措置義務を活用することはできるのでしょうか? また、事前措置義務を活用する余地があるとして、それは損害賠償請求を行うにあたり、どの程度役に立つのでしょうか?

 一昨日、昨日とご紹介している、千葉地判令5.2.1労働判例ジャーナル135-68 損害賠償請求事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.損害賠償請求事件

 本件で原告になったのは、被告自治体が設置する小学校(本件小学校)の5年生に在学していた児童(原告児童)とその両親(原告父、原告母)です。

 被告になったのは、

本件小学校で、体育主任及び指導主任を務めていた教職員(被告教諭)

本件小学校を設置、管理する地方公共団体(被告自治体)、

県教育委員会を設置している地方公共団体(被告県)

の三名です。

 原告らは、

被告教諭からわいせつな行為をされたこと、

校長及び教育委員会が監督や事後措置を怠ったこと、

被告県による被告自治体の教育委員会に対する説明に懈怠があること、

を理由に、被告らに対して損害賠償を請求する訴訟を提起しました。

 事前措置義務との関する原告の主張は、次のとおりでした。

「本件校長は、所属職員を監督する義務を負うところ、特に、所属職員がわいせつ行為等について理解を深め、自らの行動の問題点に気づくことができるように研修等を行い、わいせつ行為等の防止のための相談窓口等を整備し、また所属職員が異性の児童と密室内で二人きりにならないよう配慮して、所属職員による児童に対するわいせつ行為等を未然に防止するための措置を講ずる義務がある。被告教諭は、平成29年度の1学期中に、別の児童の頭を触ったことを保護者から指摘されて本件校長から指導を受けていたから、被告教諭に対しては継続的な指導を行い、児童と二人きりにならないよう措置を講ずべきであったのに、本件校長はその義務を怠り、適切な措置をとらなかった。」

「自治体教委には、県費負担教職員の服務を監督し、校長、教員その他の教育関係職員の研修を行う権限及び義務があるところ、自治体教委の教育長、委員及び事務局職員は、本件校長及び本件小学校の教員に対し、児童に対するわいせつ行為等を未然に防ぐための研修等を実施する義務を負い、また本件校長に対し、職員が異性の児童と密室内で二人きりにならないよう配慮するよう指示するなど、本件小学校の職員による児童に対するわいせつ行為等を未然に防止するための措置を講ずる義務がある。被告教諭については、平成29年度1学期に児童への不適切な接触を行っていたことを自治体教委は把握することができたから、その時点において被告教諭に対する具体的な研修指導等を継続的に実施すべきであったのに、自治体教委はその実施を怠った。」

 こうした原告の主張に対し、裁判所は、次のとおり述べて、事前措置義務違反を否定しました。

(裁判所の判断)

・研修等の実施について

「証拠・・・によれば、平成29年度には、県教委において、全職員参加の下に、同年6月22日、わいせつ・セクハラを含めた不祥事根絶の研修会を実施され、そのとき、わいせつやセクハラの現状等について記載された紙面や、種々のわいせつ・セクハラを疑われるシチュエーションを想定し、職員にその該当性をチェックさせる確認シートを配布したこと、本件小学校においても、同年7月13日、セクハラに関する校内研修会が実施され、そのとき、教諭の発言に対する児童の受け止め方について認識すること、セクハラになりかねない言動をしているか否かに関するチェックシートや、身体的特徴を揶揄した発言をしたとの架空の事例を用いて、セクハラについての考えを深める研修が行われたこと、被告自治体においても、同年12月4日、全職員参加の下、わいせつ・セクハラの一事例を取上げて問題点を議論する内容を含む研修会を実施したことが認められる。」

「このような研修の実施にもかかわらず、千葉県内の学校内における性被害事例が根絶できていない現状にあることは事実である・・・が、被害の根絶という課題は、個々の職員の行動に依存しているから、被害事例が根絶されていないとの一事をもって、研修に不備があったと断ずることはできない。」

・わいせつ行為相談窓口の整備、職員を異性の児童と密室内で二人きりにしない配慮について

「わいせつ行為等防止のため、児童やその保護者の相談窓口等の整備をすることは、被告教諭の行為を防止することと直ちに関係しないことから、本件との関係で違法と評価することはできない。」

「また、職員による児童に対するわいせつ行為等を未然に防止するためとはいえ,校長において職員が異性の児童と密室内で二人きりにならないよう配慮することが、共学の公立小学校において現実的な措置であるとは解されない。」

「この点に関連し原告らは、平成29年度の1学期中に別の児童に対し頭を触った旨の通報があった被告教諭については、継続的に指導を行い、児童と二人きりにならないよう措置を講ずる義務があったとも主張するけれども、本件校長は、上記通報の内容や被告教諭の児童へのスキンシップが多いことを踏まえて、その児童との関わり方を指導したところ、その後は被告教諭に特段問題はなく、保護者からの苦情もなかったことが認められる・・・。他方で、頭を触ることと、脇や背中、顎等を触ることとでは、その意味に差異があるから、上記通報を受けてより積極的な措置を講ずべきであったと認めることはできない。」 

「以上を総合すれば、国賠法上違法と評価されるような被告教諭による本件各行為がされるのを未然に防ぐことができなかったことに関し、本件校長に国賠法上違法な行為があったということはできず、自治体教委の教育長にも国賠法上違法な行為があったと認めることはできない。

・自治体教委の措置について

「前記・・・のとおり、被告教諭をはじめとした職員へのわいせつ・セクハラ研修に欠けるところはない。また、職員が異性の児童と密室内で二人きりにならないような校内人事等をするように本件校長に指示しても、同・・・のとおり、本件校長がそのような措置を行うことができたとは認められない。また、被告教諭が、児童の頭を触るとの苦情があったことについて自治体教委が把握していたとしても、既に説示したところからすれば、その把握した事実関係に基づき自治体教委が特別な措置を講ずべきであると認めることもできない。」

3.否定例ではあるが・・・

 上述のとおり、裁判所は、事前措置義務違反を否定しました。

 やはり具体的な兆候でもない限り、事前措置義務を措定したり、特定の事前措置を講じていれば結果を回避できたという意味での因果関係を立証したりするのは難しのかも知れません。

 否定例ではありますが、なぜ否定されたのかを考えることは、逆の結論を導くための論証を行ううえで意味のあることです。どういった条件が整えば、事前措置義務が認められるのか、今後の裁判例の集積が待たれます。