弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

指導改善研修期間の約半分を残して改善の見込みがないと意見を述べることが許されるのか?

1.期間途中での見切り

 公立学校の教員は、地方公務員ではあるものの、「教育公務員特例法」という特殊なルールが適用されます。

 その中の一つに、「指導改善研修」という仕組みがあります。

 これは、児童等に対する指導が不適切であると認定された教諭等に対し、その能力、適性等に応じて、当該指導の改善を図るために必要な事項に関する研修をいいます(教育公務員特例法25条1項)。

 指導改善研修の期間は、原則として、1年を超えない範囲で設定されます(教育公務員特例法25条2項本文)。 

 指導改善研修の実施時と終了時には、

「教育学、医学、心理学その他の児童等に対する指導に関する専門的知識を有する者及び当該任命権者の属する都道府県又は市町村の区域内に居住する保護者」

の意見を聴くことが義務付けられています(教育公務員特例法25条5項)。

 指導改善研修の終了時、任命権者は、指導改善研修を受けた者の児童等に対する指導の改善の程度に関する認定を行います(教育公務員特例法25条4項)。ここで、指導の改善が不十分でなお児童等に対する指導を適切に行うことができないと認定された教諭等は、免職その他の必要な措置を受けます(教育公務員特例法25条の2)。

 それでは、こうしたルールのもと、指導改善研修の半ばにおいて、任命権者から教育公務員特例法25条5項に基づく諮問を受けた機関が、改善の見込みがないとの意見を述べることは許容されるのでしょうか?

 半分で見切りが可能だったとすれば、当初から期間を半分にできたはずです。その意味で、半分の期間で見切りを付けることは、公務員・労働者に酷であるだけではなく、当初期間が設けられた趣旨を没却するようにも思われます。

 また、法が諮問機関の意見具申を義務付けているのは、指導改善研修の最初と最後だけでもあります。それなのに、まだ半分を残している段階において、諮問機関が見切りで「改善の見込みなし」との意見を具申することは許されるのでしょうか?
 近時公刊された判例集に、この問題が争点となった裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.3.19労働判例ジャーナル113-46 大阪府事件です。

2.大阪府事件

 本件で原告になったのは、大阪府立高等学校の教諭として勤務していた方です。平成24年4月から12月までの間、指導改善研修を受けていたところ、8月の段階で諮問委員会(本件諮問委員会)が「改善が見込まれるとは考え難い」「分限免職の前に多色検討をjっ支することが必要」などの意見を出しました。本件委員会の意見をD管理主事を通じて伝えられた原告は、平成24年10月をもって退職する旨の退職届の提出を行いました。こうした事実関係のもと、本件諮問委員会の意見具申は、裁量の範囲を逸脱した違法なものであるとして、大阪府を相手取り、国家賠償を求めて提訴しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件諮問委員会の意見具申は

〔1〕指導改善研修半ばにして原告につき教員として資質の改善が見込めないと断定する点、

〔2〕研修内容を見直して他職検討を組み入れるべきであると述べる点、

〔3〕他職検討について具体的な検討を行っていない点において、

諮問委員会としてなすべき義務を怠り、あるいは諮問委員会に与えられた権限を越えるものとして違法であると主張する。」

「しかし、府教委は、指導改善研修の開始時認定と終了時認定の際に、各認定を正確に行うため、教育学、医学、心理学その他の児童等に対する指導に関する専門的知識を有する者及び大阪府内に居住する保護者である者の意見を聴かなければならないところ(教特法25条の2第5項)、そのための機関として、被告は、諮問委員会を設置し、設置要綱を定めている(大阪府教育委員会規則第13号(教特法25条の2第5項及び第6項に規定する手続に関する規則)7条、『指導が不適切である』教諭等への支援及び指導に関する要綱、諮問委員会設置要綱、乙1)。そして、諮問委員会設置要綱によれば、諮問委員会は、指導が不適切である教諭等に対する具体的な対応方策について、専門的・多角的見地から検討を行い、府民に信頼される学校教育や学校運営に資することを目的として設置され、府教委の求めに応じ、指導が不適切である教諭等に対する府教委の対応案について意見を述べるものとされている。」

「このような諮問委員会の設置目的と趣旨にかんがみれば、諮問委員会には、指導改善研修の開始時認定と終了時認定の際に府教委の求めに応じて意見を述べることはもとより、指導改善研修の途中においても、府教委の求めがあれば、それまでの研修の内容と改善の程度を踏まえ、その後に予定されている研修の内容の相当性とそれによる改善の程度の見込みについて検討し、残りの研修期間における府教委の対応について意見を述べることが当然に予定されているというべきである。」

「本件において、前記認定事実によれば、本件諮問委員会は、府教委から原告の研修状況についての報告を受け、再度の指導改善研修の開始から5か月が経過した時点での研修成果にかんがみれば残り4か月間で改善が見込まれるとは考え難いところ、終了時認定の際には他職検討の結果を踏まえる必要があるとして、研修内容を変更して他職検討を組み入れる方向で検討するよう意見を述べたものであり、諮問委員会の権限と義務に反するところは何ら認められない。」

「なお、本件諮問委員会において他職検討の具体的内容までは検討されていいないものの、研修内容をどのように変更して他職検討を組み入れるかは、第一次的には府教委において検討すべき事柄であり、この検討を促す本件諮問委員会の意見具申に欠けるところはないというべきである。」

「以上によれば、本件諮問委員会の意見具申の違法をいう原告の主張はいずれの点をとっても採用の限りでない。」

3.見切りが早すぎるのではないかと思われるが・・・

 民間の場合、試用期間の半分を残した段階、あるいはPIP(Performance Improvement Program)を半分しか消化していない段階で、改善の見込みなしとして解雇を言い渡された場合、労働者側としては争える余地がある場合が多いです。

 また、法律の解釈として、最初と最後以外に意見を述べることが想定されているのかという感覚もあります。

 本件諮問委員会の判断が、本当に職権を逸脱したものではないのかは再考の余地があるように思われます。

 しかし、本件のような裁判例もあるため、指導改善研修の対象になった場合には、最初から隙を作らないよう、注意しながら取り組むことが推奨されます。