弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

教授の自由-大学教授の講義内容や方法に対する干渉が違法であるとされた例

1.大学教授の就労請求権

 一般論として、労働者には特定の仕事をさせるように請求する権利(就労請求権)までが認められているわけではありません(東京高決昭33.8.2判例タイムズ83-74参照)。

 しかし、これには幾つかの例外があります。その一つが大学教授です。大学教授には就労請求権が認められやすい傾向にあります(第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕10頁参照)。

 この大学教授の就労請求権に関し、以前、授業担当を外すことが違法とされた例をご紹介させて頂きました。

大学教授の授業担当外しが違法とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 それでは、授業担当を外すまでには至らない介入、具体的には、講義内容や方法に対して干渉を行うことが違法だとされることはあるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。高松高判令4.4.7労働判例ジャーナル126-44 国立大学法人徳島大学事件です。

2.国立大学法人徳島大学事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、徳島大学を設置・運営する国立大学法人です。

 原告(控訴人)になったのは、徳島大学社会産業理工学研究部(本件研究部)の教授を務めていた方です。この方は、英語の教科書を使用し、英語で授業を実施するという指導・教育方針のもと、発変電工学の講義(本件講義)を担当していました。

 これに対し、本件研究部の教授D(補助参加人D)外4名は、英語で授業が行われていることが問題であるとして、学生に対して緊急アンケートを実施しました(本件緊急アンケート)。この緊急アンケートの実施等が教授の自由を違法に侵害するものであるとして、原告の方が損害賠償(慰謝料等)を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 原審は原告の請求を棄却しましたが、本件控訴審は、次のとおり述べて、本件緊急アンケートの違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「憲法23条に規定される学問の自由は、学問的研究の自由とその研究結果の発表の自由とを含むものであるところ、大学が学術の中心として深く真理を探求することを本質とすることに鑑みて、特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨としている。教育ないし教授の自由は必ずしもこれに含まれるものではないが、大学については、上記憲法の趣旨と、大学が学術の中心として広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究することを目的としていることに基づいて、大学において教授その他の研究者が、講義又は演習の場においてその専門の研究の結果を教授する自由が保障されている(最高裁判所昭和38年5月22日大法廷判決・刑集17巻4号370頁参照)。そうすると、大学において、いかなる教材等を用い、いかなる学生をいかに講義(教授)するかは、その担い手である研究教育者の自由な判断に委ねられ、そのような講義の内容ないし方法について、みだりに介入ないし干渉することは許されないというべきである。」

「他方、大学における学問の自由を保障するために大学の自治が認められるところ、これには、大学にはその自主的判断に基づいて、教授その他の研究者の人事等を行うことや大学における研究教育内容及び方法が自主的に決定されることなどが含まれる。そして、学校教育法は、大学に教授会を置くことを規定し、学長が学生を入学させたり、学生に学位を授与したり、教育研究に関する重要な事項で、教授会の意見を聞くことが必要なものとして学長が定めるものについて意見を述べることができる旨定め、その他教育研究に関する事項について審議することができると定めている(学校教育法93条1項、2項)。徳島大学においても、証拠・・・によれば、その徳島大学学則11条2項及び徳島大学大学院学則32条2項において、各学部及び大学院各研究部等に教授会を置くものとし、これに基づき定められた徳島大学教授会通則において、教授会の審議事項等として、〔1〕学生の入学、卒業及び課程の修了、〔2〕学位の授与に関する事項、〔3〕上記のほか、教育研究に関する重要な事項で、教授会の意見を聞くことが必要なものとして学長が別に定めるものが掲げられ、それらのほか、学長及び学部等の長がつかさどる教育研究に関する事項について審議し、学長等の求めに応じ、意見を述べることができると定められていることが認められる。」

「そうすると、大学全体における研究教育の内容及び方法の決定は、実質的にある程度教授会に委ねられていると解され、教授会が有している権限と教員の有する教授の自由との間に対立緊張関係が生じる場合はあり得るところ、大学においても、学問を行うとともに教育を受ける学生側の立場や利益も十分に考慮されるべきであることからすれば、講義内容及び方法に関する教員側の自由についても、その観点から一定の制約が存在することはあるものの、前記のような教授の自由の権利性を考慮すると、教授会の権限も無制限に認められるわけではなく、講義の内容及び方法について、研究教育者として当然遵守することが要求される基準に違反するような場合を除き、介入ないし干渉することは、特段の事情のない限り、教員の教授の自由を侵害するものとして違法になるものというべきである。

(中略)

「前記認定事実によれば、本件緊急アンケートは、本件委員会の委員長ないし委員である補助参加人Dら5名が、本件委員会の名義で、本件講義の受講者減少の原因が、英語で講義を実施していることにあるとの推測の下に、これを認めようとしない控訴人にその認識を改めさせて、英語の講義を止めさせるため、本件講義のみについて、上記推測のとおりの結論が出るような質問項目を設定し、本件コースの3年生及び4年生全員を対象として行ったものであり、その質問項目には、英語による講義の当否(本件質問事項〔5〕)に加え、控訴人の担当教員としての適格性(本件質問事項〔6〕)をも問う趣旨のものが含まれていたことが認められる。」

(中略)

「前記認定事実によれば、本件緊急アンケートを実施した補助参加人Dら5名のうち、Eは本件コースのコース長、Fは本件コースの副コース長、Gは本件コースに改編前の工学部電気電子工学科の学科長、補助参加人Dは本件人事委員会の委員長を務めていたことが認められ、このように本件コースにおいて要職を占める者らが、控訴人に対して本件講義の内容及び方法の変更を迫る内容の本件緊急アンケートを実施することは、控訴人の心理面に与える影響は大きく、控訴人による本件講義の内容及び方法に対して強く介入・干渉するものといえる。」

「しかも、前記認定の本件緊急アンケートの対象者及び質問項目等からすれば、本件緊急アンケートは、これを実施すること自体によって、控訴人による本件講義の内容及び方法(英語の教科書を使用し、英語で講義を実施すること)が不適切であり、さらには控訴人が本件講義の担当教員として不適格であるとの印象を広く流布し、ひいては、控訴人に対し、本件講義の内容及び方法の変更を迫る不適切なものであって、本件講義の内容及び方法に対して不当に干渉ないし介入するものといえる。」

「被控訴人及び補助参加人らは、本件緊急アンケートは、教授言語の選択という、教授の自由にとって中核的ではない要素を問題にするものである上、特定の教育内容・方法を禁止ないし強制するような権力的介入ではなく、ただ学生らの意見を聴取するにとどまるものである旨主張する。」

「しかしながら、前記のとおり、控訴人が本件講義において英語で授業を行っていたことは、徳島大学が本件機能強化プラン及び本件改革プランにおいて示した方針に沿うものでもあったことを考慮すると、それが、控訴人の教授の自由にとって中核的でない要素であるということは相当でない。また、本件緊急アンケートが、本件講義の内容ないし方法に合理的な理由もなく介入ないし干渉するものであると評価すべきことは、前記説示のとおりである。」

「以上からすると、本件緊急アンケート実施の態様は不当であるというべきである。」

「以上によれば、本件緊急アンケートは、控訴人による本件講義の内容及び方法に対して介入ないし干渉するものであるところ、本件委員会内部の手続においても瑕疵があること、その目的が正当とはいえないこと、その態様が不適切であって、介入ないし干渉の程度が強く、不当であることからすると、本件行為〔2〕は、講義の内容及び方法に対する介入ないし干渉を許容することのできる特段の事情があるとはいえず、控訴人の教授の自由、ひいては控訴人の人格権を侵害するものとして、国賠法1条1項上、違法というべきである。」

3.違法になる範囲は案外広い?

 この裁判例で目を引かれるのは、大学教授の講義内容や方法に対する干渉が違法となる範囲の広さです。高松高裁は、

「講義の内容及び方法について、研究教育者として当然遵守することが要求される基準に違反するような場合を除き、介入ないし干渉することは、特段の事情のない限り、教員の教授の自由を侵害するものとして違法になる」

と講義の内容及び方法に対する介入や干渉を原則違法とする考え方を採用しています。

 この裁判例は、大学当局による講義内容への不当な干渉を排除するうえでの重要な先例として位置付けられます。