弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

調書への記載を求める時は文言まで明確に特定すること(裁判所を信頼しすぎるのは危険)

1.口頭弁論調書等への記載

 民事訴訟法160条は、

「裁判所書記官は、口頭弁論について、期日ごとに調書を作成しなければならない。」

と規定しています(口頭弁論調書)。

 口頭弁論調書の実質的記載事項は民事訴訟規則で定められており、弁論の要領のほか、

「裁判長が記載を命じた事項及び当事者の請求により記載を許した事項」

を記載するとされています(民事訴訟規則67条)。

 これと同様に、弁論準備手続や書面による準備手続でも、期日ごとに調書が作成されます(民事訴訟規則88条、91条4項参照)。

2.調書への記載の請求

 この調書への記載請求は、民事訴訟実務上、重要な意味を持っています。

 例えば、残業代請求訴訟いおけるサンプル方式です。

 サンプル方式とは

「当事者間において請求の全期間にわたって労働時間性が争われており、膨大な主張立証を必要としかねない場合に、一定の時期をサンプルとして抽出し、当該時期の主張立証を尽くし、残余の期間についてはサンプル期間の立証結果によって推認する方式」

をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕173頁参照)。

 サンプル方式による立証では、往々にして卓袱台を引っ繰り返すことが行われます。

 例えば、労働者側でサンプル方式を求めたとします。使用者側も一旦はこれに同意したとします。しかし、サンプル期間による立証結果が使用者側にとって望ましくなかった場合、使用者側から前言を翻され「全期間について労働時間の立証が必要だ」と言われることがあります。

 このような卓袱台返しは、サンプル方式が合意できた時点で、きちんと調書記載を請求し、予め裁判所に調書記載してもらっていれば、防ぐことができます。前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』173頁に、

「どの期間をサンプルとするか・・・抽出した結果をどのように用いるかについて、裁判所及び当事者の三者が十分に議論して認識を共有することが不可欠である。了解事項については、期日調書上明らかにしておくことが少なくない。

と書かれているのも、その趣旨だと思われます。

3.調書に記載される文言をコントロールすること

 このように調書への記載を請求することの重要性は一般に知られています。

 しかし、実務的な視点でいうと、調書への記載を請求するだけでは十分ではありません。調書への記載を請求するにあたっては、どのような文言で記載するのかまで特定して請求する必要があります。

 近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。大阪地判令令4.4.28労働判例ジャーナル126-22 辻中事件です。

4.辻中事件

 本件で被告になったのは、住宅設備機器の販売、設置、ガス工事の設計施工等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し(本件雇用契約)、総務部長として勤務していた方です。被告を退職した後、時間外勤務手当(残業代)を請求して被告を提訴したのが本件です。

 この事件の特徴の一つは、実労働時間が争点になりながら、自白の成否が問題になったことです。本件訴訟の第2回弁論準備手続調書には、当時者双方の陳述として、

「本件では始業時間が8時、就業時間が20時という点に争いはなく、休憩時間が争点となる。」

と記載されていました。

 この記載を根拠に、原告は、始業時間を8時、終業時間を20時とする旨の裁判上の自白が成立したと主張しました。自白とは相手方の主張と一致する自己に不利な事実の陳述をいいます。簡単に言えば、当事者双方の認識が一致している事実のことです。自白が成立した事実は、立証が不要になります(民事訴訟法179条)。原告の主張の論旨は、

始業時間を8時、終業時間を20時とする裁判上の自白が成立している、

よって、始業時間8時、終業時間20時は立証する必要がなくなった、

というものです。

 しかし、被告は自白の成立を争いました。

 具体的には、

「被告代理人は、本件期日において、原告と被告との間で8時から20時までを所定労働時間とする旨の合意があったとの準備書面を陳述した。これは、1日8時間を超える労働義務を原告に対して課すことができない点では無効であるが、このような時間の労働に対して給与を支払っていたという点で、基礎賃金の時間単価の計算には意味があるというものである。同期日において、裁判官から、口頭で始業時間と終業時間を質問されたので、被告訴訟代理人は『午前8時を始業時間とし午後8時を終業時間とする旨の合意が当事者間に存在した』旨を回答した。これは所定労働時間に関する陳述である。」

と主張しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、自白の成立を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告訴訟代理人が、所定の始業及び終業時間が午前8時から午後8時である旨の主張をしたことから、本件期日において、裁判官が被告訴訟代理人に対し、原告が実際に当該時間、就労したのかを尋ねたところ、被告訴訟代理人はこれを肯定したため、原告訴訟代理人が自白を援用してこれを前提とする訴えの追加的変更を申し立てる旨を述べたところ、被告訴訟代理人はそれでも構わない旨を述べ、裁判官が弁論準備手続調書に記載する旨を述べたが、被告訴訟代理人はこれに異議を述べなかったものであり、実労働時間の開始が8時であり、終了が20時であることに訴訟上の自白が成立している旨を主張する。」

「そこで検討すると、本件期日の調書には『本件では始業時間が8時、終業時間が20時という点に争いはな』いとの記載があるが、ここでいう『始業時間』及び『終業時間』が、実労働の開始及び終了の時刻を指すのか、本件雇用契約における約定の始業時刻及び終業時刻を指すのかは、その文言から一義的に特定できるものとはいえない。

「そして、被告訴訟代理人が本件期日において陳述した本件準備書面には、所定労働時間としては8時から20時までであった旨の記載があるものの、実労働時間が8時から20時までであった旨の記載はなく、別紙においては、実労働時間について本件PC記録に基づいた試算がされていた・・・。このような経過に照らすと、被告訴訟代理人が、同期日において、直前に提出した準備書面の内容と相反する不利益な事実関係を認める陳述をしたとは考え難い。」

「また、仮に原告の主張するような明確なやり取りがあったとすれば、本件期日の調書に、次回までの準備事項として、原告の陳述として、被告による自白の成立を前提とした訴え変更をする旨の記載がされるのが自然と考えられるところ、このような記載もない。

「以上によれば、被告代理人が、本件期日において、すべての就労日について、始業時間が8時、終業時間が20時である旨を陳述したとは認められず、訴訟上の自白が成立したとは認められない(なお、原告は、本件期日の担当裁判官の証人尋問を申請しているが、本件期日の状況に関しては前記のとおり同期日で陳述された本件準備書面や本件期日の調書といった証拠が存する中、口頭弁論終結時から1年以上前の一期日における各訴訟代理人の発言の具体的な文言を、記憶によって供述することには限界があり、供述に基づいてこれを認定することは困難であると考えられるため、証拠調べの必要性を欠くものと判断した。)。

5.調書への記載を求める時の留意点

 本件には二つの教訓があります。

 一つは、調書に記載される文言を裁判所任せにしてはならないということです。

 多義的に理解できる文言で記載されても、趣旨が違うとして逃げられてしまいます。

 また、記載内容が不十分だと、欠落(本来あってよい記載が欠落していること)が指摘され、意図したとおりの意義を認めてくれないことがあります。

 もう一つは、裁判官に同僚裁判官を証人として呼び出してもらうハードルが高いことです。

 裁判所は証拠調べの必要性を否定しましたが、裁判所、裁判官の面前で行われた期日における自白の成否が問題となっているのですから、該当の裁判官を証人として取り調べる必要性があることは明らかです。また、単に思い出せと言っているわけではなく、調書の現物を示し、文言を閲読させたうえで記載の趣旨がどうだったのかを聞くわけですから、記憶によって供述することがそれほど困難であるとも思われません。少なくとも記憶喚起できないかどうかを試みる必要性は否定できないはずで、呼ぶまでもなく証拠調べの必要性を欠くという判断には相当な無理があります。実際の裁判には判決文に表れない事情もあるため軽々なことは言えないにせよ、同僚の裁判官を証人として尋問したくないという結論が先にあったのではないかと勘繰りたくなります。

 いざという時に裁判官の証人尋問の実施が難しいことを考えると、やはり当事者法曹としては、調書に記載を求める際に、その文言を裁判所任せにしないことが重要なのだと思います。そもそも記載請求が認められるか/請求時に記載する文言を特定したとしてその通りに裁判所が記載してくれるかという問題はありますが(本件も原告側の特定した文言を裁判所が容認してくれなかった可能性はあると思います)、調書への記載請求を行う際には、記載すべき文言の特定にまで踏み込んで意見を述べる必要があります。裁判所だからといって信頼しすぎないことが大切です。