弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一部期間(約7か月)のパソコンの起動時間から、他の期間(約14か月)の労働時間の推計まで認められた例

1.パソコンの起動時間による労働時間の立証

 タイムカード等による労働時間管理が行われていない会社であったとしても、時間外労働を行っていた事実さえ立証できれば、時間外勤務手当等を請求することは可能です。

 こうした会社で時間外労働の事実を立証するため、パソコンのログイン・ログオフ記録や、携帯電話のGPSによる在社時間記録を利用することがあります。

 しかし、パソコンの起動時刻にせよ、GPS記録にせよ、古い記録は残っておらず、残業代(時間外勤務手当)請求の対象期間の一部でしか入手できないことが少なくありません。

 それでは、この客観証拠のある一部期間の記録を分析することによって、客観証拠のない残部期間の労働時間を推計することは許されるのでしょうか? 一部期間が残部期間よりもかなり少ない場合であっても、推計は認められるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令令4.4.28労働判例ジャーナル126-22 辻中事件です。

2.辻中事件

 本件は、いわゆる残業代請求事件です。

 本件で被告になったのは、住宅設備機器の販売、設置、ガス工事の設計施工等を業とする株式会社です。賃金は、毎月15日締め、当月25日払いとされていました。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し(本件雇用契約)、総務部長として勤務していた方です。被告を退職した後、時間外勤務手当(残業代)を請求して被告を提訴したのが本件です。

 本件で残業代請求の対象期間とされたのは、平成30年4月から令和2年3月でした。原告の方は、パソコンのログイン・ログアウト記録(本件PC記録)に基づいて労働時間立証を試みましたが、本件PC記録は令和元年8月23日以降の分(約7か月分)しか存在しませんでした。そのため、本件PC記録のない日に関しては、実労働時間を本件PC記録の平均起動時間・シャットダウン時間で特定していました。

 このように本件では、記録のない期間(約17か月)が記録のある期間(約7か月)に比して圧倒的に長いため、後者の記録から前者の労働時間を推計することができるのかが気になったのですが、裁判所は、次のとおり述べて、これを認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告に雇用されて就労していたものであるが、被告は原告の労働時間をタイムカード等の方法によって管理しておらず、これによることができない。そこで、始業及び終業時刻については、原告の使用していたパソコンの起動及びシャットダウンの時間の他、客観的資料はないから、これらは本件PC記録に基づいて認定するのが相当である。ただし、始業が0時台又は12時台となる日や、終業が12時代又は23時台となる日については、本件PC記録が、実際の始業及び終業時間を反映しているとは考えられないため、これらの日は、これらの日を除いた後記平均時刻とすべきである。また、出勤の有無については、令和元年5月20日は別個の検討を要するものの・・・、出勤簿・・・によるのが相当である。」

そして、本件PC記録は令和元年8月23日以降しか存在しないが・・・、同日の前後で就労状況に変動があったことはうかがわれないから、同日より前については、勤務した日の本件PC記録における平均の起動時間(8時15分)を始業時刻とし、平均のシャットダウン時刻(19時37分)を終業時刻とするのが相当である(平均時間の算出につき、別紙2『本件PC記録シート』参照)。

3.一部分でも客観証拠があれば、残部分の方が長くても推計が認められることがある

 推計というと、大部分について立証できている状況のもと、証拠の薄い一部期間についてのみ推測を働かせることをイメージする方がいるかも知れません。

 しかし、短い期間であったとしても客観証拠を揃えることができれば、就労状況の変動がなかった事実との合わせ技を使うことにより、客観証拠のない期間の労働時間の推計が認められることがあります。

 本件のような裁判例もあるため、残業代請求をお考えの方は「一部分しか資料がないから・・・」などと早合点しないことが大切です。