弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一部期間でも労働時間認定のための客観証拠が残っていれば、客観証拠に欠ける残部期間の残業代も請求できる可能性がある

1.タイムカードがない場合の労働時間の立証

 タイムカードがない場合であっても、労働時間を立証する方法はあります。パソコンの起動時間、アプリケーションのログイン・ログオフの時間、メールの送受信時刻、GPS位置情報、オフィスへの入出館記録、電子カルテへの記載時刻、机を並べていた同僚の証言など、実務では様々な立証方法が試みられており、一定の効果が確認されています。

 こうした状況のもと、近時の判例集に、客観証拠のある期間の労働時間から、客観証拠に乏しい他の期間の労働時間の推認するという手法で、労働時間の立証を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.3.27労働判例ジャーナル103-96 エアーテック事件です。

2.エアーテック事件

 本件はいわゆる残業代請求事件です。

 被告になったのは、建築工事の請負等を業とする株式会社です。

 原告は被告のもとで稼働していた労働者です。被告での勤務期間には、タイムカードのある部分(期間〔1〕)と、タイムカードのない部分(期間〔2〕)がありました。

 こうした状況のもと、原告は、

期間〔1〕の時間外労働時間及び深夜労働時間の合計値を所定労働日数で割って所定労働日1日あたりの時間外労働時間及び深夜労働時間を計算し、

それに期間〔2〕に対応する所定労働日数を掛算する、

という方法で期間〔2〕の残業時間を計算すべきだと主張しました。

 当然、被告は立証の欠缺を主張するわけですが、裁判所は、次のとおり述べて、期間〔1〕の労働時間から期間〔2〕の労働時間を推認・立証することを認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件タイムカードが証拠として提出されていない期間(期間〔2〕)について、期間〔1〕の時間外労働時間及び深夜労働時間を基に、期間〔2〕の時間外労働時間及び深夜労働時間を推測して認定すべきである旨主張するので検討する。」

「原告が従事していた業務ごとに、期間〔1〕と期間〔2〕における労働時間の変動の有無及び程度を踏まえた上で、そのような推測をすることが合理的といえるか検討すると、現場作業については、期間〔1〕及び期間〔2〕を通じて原告が従事した現場作業に係る作業日報が存在するところ、これによれば、期間〔1〕及び期間〔2〕の各日の最初の現場作業の開始時刻と最後の現場作業の終了時刻との間の時間の合計は、期間〔1〕が869時間40分、期間〔2〕が596時間45分となり、これを各期間の所定労働日数の合計(期間〔1〕につき144日、期間〔2〕につき109日)で除すると1日当たりが期間〔1〕につき6時間2分、期間〔2〕につき5時間28分となり(別紙1の「作業日報」欄中の「時間」欄、別紙3の「時間」欄参照)、期間〔1〕と比べて大きな差があるわけではないが、期間〔2〕の方がこれに相応する程度現場作業に従事していた労働時間がやや少なかったことが想定される。」

「また、営業に関する業務についても、その内容に照らすと、その業務量は現場作業の業務量に影響されることが否定し難く、現場作業と同様に、期間〔1〕と比べると期間〔2〕の方が、原告が従事していた労働時間がある程度少なかったことが想定される。」

「他方で、倉庫作業については、その性質上、所定の始業時刻及び終業時刻の間に行われていたものであるから、時間外労働時間数及び夜間労働時間数に影響を与えるものとは考えられない。」

「そして、以上の点を併せ考えると、上記の差があることは考慮すべきであるものの、期間〔1〕の時間外労働時間及び深夜労働時間を基に、期間〔2〕の時間外労働時間及び深夜労働時間を推測して認定すること自体には合理性があるというべきである。

「被告は、原告が恣意的に期間〔2〕のタイムカードを証拠として提出していないから、期間〔1〕の労働時間を基に期間〔2〕の時間外労働時間及び深夜労働時間を推測する合理性はない旨主張する。」

「しかしながら、そもそも被告においてタイムカードは、被告が回収して保管しているものであるし・・・、また、原告が恣意的にタイムカードを証拠として提出するのであれば、期間〔2〕のうち現場作業に従事した時間が比較的多い平成28年8月や同年12月のタイムカードを提出し、他方で、期間〔1〕のうちその時間が比較的少ない同年9月や同年10月のタイムカードを提出しないのが自然であるが・・・、原告は、そうしていないのであって・・・、被告の上記主張は採用できない。」

「そうすると、期間〔2〕の原告の時間外労働時間及び深夜労働時間については、上記の期間〔1〕と期間〔2〕のそれぞれの所定労働日数1日当たりの現場作業に従事していた労働時間の比率も考慮した上で、期間〔1〕の所定労働日数1日当たりの平均の時間外労働時間及び深夜労働時間に期間〔2〕の各月の所定労働日数を乗じて算出される時間の85パーセントの時間と認めるのが相当である。」

3.一部期間分でも客観証拠があれば、残業代請求の芽はある

 裁判所は一部期間から他の期間の労働時間を立証することを認めました。

 法律相談をしていると、勤務期間の一部については労働時間を立証する資料があるものの、他の期間には客観的な痕跡に乏しいという事例に、一定の頻度で遭遇します。そうした事例の処理にあたり、本件の判示事項は参考になります。