1.通勤時間か労働時間か
通勤時間は原則として労働時間に該当しません。しかし、勤務先営業所と用務先の移動時間は「通常は移動に努めることが求められているのであり、業務から離脱し、自由利用することが認められていないから、自由利用が可能であったとする特段の事情がない限り、労働時間になる」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕107頁参照)。
このように通勤時間と用務先への移動時間は、概念的には区別されています。
しかし、職種によっては、両者の区別が曖昧であることも少なくありません。例えば、自動車運転手です。自動車運転手は、車庫を経由して、送迎先に向かいます。この車庫~送迎先への移動に要する時間は、通勤時間なのでしょうか、それとも、労働時間に該当するのでしょうか?
近似公刊された判例集に、この問題が争われた裁判例が掲載されていました。東京地判令2.11.6労働判例ジャーナル110-44 ラッキー事件です。
2.ラッキー事件
本件は、いわゆる残業代請求事件です。
本件で被告になったのは、不動産売買及び仲介等を目的とする株式会社らです(被告会社)。
原告になったのは、被告C(被告会社において会長と称されていた者)の専属運転手として稼働していた方です。被告を退職した後、時間外勤務手当等の支払いを求める訴えを提起しました。
本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに労働時間の問題があります。
出庫~迎え先、送り先~帰庫の移動時間について、原告は、
「被告Cの専属運転手であった原告が業務を開始するためには本件車両が駐車されている場所に行って運転を開始する必要があり、業務を終了するためには同所に本件車両を戻す必要があるから、出庫も帰庫も業務遂行に必要な行為である。」
として、これを労働時間だと主張しました。
しかし、被告会社は、
「原告の業務は、被告Cを送迎することであったから、本件車両で被告Cの自宅・・・に被告Cを迎えに行くところから始まった。被告Cの指示は、被告Cが指定した時刻(通常は午前9時30分)にC宅に迎えに来るようにというものであった。原告が本件車両に乗車してからC宅に到着するまでの間については、原告は、被告Cが指定した時刻に間に合えばいつ本件車両に乗車してもよく、被告Cの指揮命令下にはなかったから、その間は労働時間には当たらない。したがって、始業時刻は、被告Cが指定した時刻、すなわち、原告がC宅に到着した時刻・・・である。」
「また、始業時刻と同様に、原告が被告CをC宅に送り届けた後は、原告は被告Cの指揮命令下にはなかったから、労働時間には当たらない。したがって、終業時刻は、被告CをC宅に送り届けた時刻・・・とすべきである。」
として、これを争いました。
この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、出庫・帰庫時間の労働時間性を認めました。
(裁判所の判断)
・始業時刻について
「原告は、本件車両の運転手として被告CをC宅や被告事務所その他の各用務先の間で送迎していたところ・・・、本件車両を運行するため、本件車両を本件駐車場等に取りに行き、同所で本件車両に乗車してC宅に向けて運転を行うことは、被告Cの専属の運転手として被告Cの送迎を行うという原告の業務の遂行のために必要不可欠な行為である。したがって、原告が本件車両を運転して本件駐車場等を出た時刻・・・からは、原告は被告会社の指揮命令下にあったといえるから、同時刻が原告の始業時刻と認められる。」
・終業時刻について
「原告は、被告Cが一日の用務を終えて被告CをC宅に送り届けた後、本件車両を運転し、給油をした上で、本件駐車場等に駐車させているところ・・・、運行した本件車両を本件駐車場等に戻す行為や給油をする行為は被告Cの専属の運転手として被告Cの送迎を行うという原告の業務のために必要不可欠な行為である。」
「したがって、原告が本件駐車場等に本件車両を駐車するまでの間、原告が被告会社の指揮命令下に置かれていたといえるから、原告が本件車両を運転して本件駐車場等に本件車両を駐車させた時刻・・・が終業時刻と認められる。」
3.出庫・帰庫時間で案外金額が伸びることがある
私自身の実務経験に照らすと、専属運転手の方は、対象者の自宅以外の場所に迎えに行ったり、対象者を自宅以外の離れた場所に送ってから帰庫したりしていることも少なくないように思います。会社が用意した車庫(駐車場)と対象者の自宅との間が結構離れていることもあります。そのため、出庫・帰庫時間が労働時間に該当するのか否かで、金額に相当な差が生じることがあります。
出庫・帰庫時間が労働時間としてカウントされてない会社にお勤めの方は、こうした裁判例を根拠に、時間外勤務手当等を請求することを検討してみても良いかも知れません。当事務所でも、随時、ご相談をお受け付けしています。