弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教員の解雇・雇止めの派生紛争-大学研究室の占有は誰のものか?

1.解雇・雇止め後の研究室の明渡し・残置物撤去

 大学教員の方が解雇・雇止めの効力を争う場合、派生紛争として、しばしば研究室の明渡しの可否が問題になります。大学当局側は研究室の明渡し、残置物撤去を求めてきますが、研究室内には研究を進めるための大量の書籍や設備等が効率的に配置されているため、大学教員側にとっても明渡しは必ずしも容易ではありません。また、研究室は有限であるため、解雇・雇止めの効力を争って復職を果たしたとしても、「物理的に配分できる研究室がありません」となると、存分に研究活動ができず、職業生活上、著しい支障が生じることになります。

 それでは、解雇・雇止めを行った大学当局は、解雇・雇止めされた大学教員の了承を得ないまま、研究室内の動産類を撤去したり、鍵を交換したりすることが許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたっては、研究室の占有者をどのように理解するのかがポイントになります。

 元々、研究室は大学当局が管理支配しており、大学教員は独自の占有を持たない占有補助者にすぎないと考えれば、裁判外で大学当局が動産類撤去・鍵交換を断行したとしても、特に問題はないことになります。それは、会社が、退職した労働者の机の引き出しを開披したうえ、残置されていた私物類を郵送してしまうのと似たような話になります。私物を捨ててしまえば所有権侵害の問題になりますが、送り返されること自体を問題視されることは基本的にはなさそうに思います。

 しかし、研究室の占有を大学教員が持っているとなると話は違ってきます。法的措置によらずに占有を回収することは基本的に許されていません。それは、「自力救済」といって不法行為を構成します。大学教員側が賃借権・使用借権などの占有権原を有していなかったとしても、裁判外で動産類の撤去や鍵交換をすることは許されません。

 近時公刊された判例集に、裁判外で研究室の明渡しを断行したことの適否が争われた裁判例が掲載されていました。大阪高判令5.1.26労働経済判例速報2510-9学校法人乙ほか(損害賠償請求等)事件です。

2.学校法人乙ほか(損害賠償請求等)事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、私立学校法に基づいて設置された中学、高校、大学を運営する学校法人、学長、事務局長、代理人弁護士の4名です。

 原告になったのは、被告大学の専任講師であった方です。平成31年3月31日付けで雇止めを通知されたことを受け、その効力を争い、被告大学に地位確認等を求める訴えを提起していました。そうした状況のもと、被告法人は、裁判外で研究室内に残置されていた原告所有の動産類を撤去し、鍵を取り替えるという措置に及びました。これに対し、研究室の占有の回復、動産類の引渡し、慰謝料を請求する訴えを提起しました。

 原審は動産類の引渡し請求と慰謝料5万円の限度で請求を認めました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です(被告側も附帯控訴しています)。

 裁判所は、次のとおり述べて、自力救済行為の違法性を認め、慰謝料額を20万円に引き上げました。

(裁判所の判断)

確かに、控訴人は、被控訴人法人との本件労働契約に基づき、被控訴人法人の運営する被控訴人大学内の本件研究室において講師としての上記業務を行っていた者であるから、本件研究室を客観的に支配していた事実があったとしても、原則として、被控訴人法人ために占有補助者として本件研究室を所持しているものであって自己のためにする占有意思がある(民法180条)とは認められず、これによる占有者は被控訴人法人とみるべきであるが、控訴人が被控訴人法人の占有補助者として物を所持するにとどまらず、控訴人個人のためにもこれを所持するものと認めるべき特別の事情がある場合には、その物について控訴人が個人としての占有をも有することになると解すべきである(最高裁昭和35年4月7日第一小法廷判決・民集14巻5号751頁、最高裁平成12年1月31日第二小法廷判決・裁判集民事196号427頁参照)。

これを本件についてみると、控訴人は、当初は被控訴人法人の占有補助者として本件研究室の所持を開始したものといえるが、被控訴人法人から本件雇止め通知をもって本件労働契約が終了するとされた平成31年3月31日の後も、本件雇止めの効力を争い、被控訴人法人を相手方として労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて別件訴訟を提起し、本件研究室の鍵を引き続き管理して単独で本件研究室を事実支配していたのであり、令和3年3月20日付け通知文により被控訴人法人から本件研究室の鍵の返却及び室内の物品撤去を求められたことに対しても、同月25日、控訴人が加入する本件組合を通じて、被控訴人法人に対し、控訴人は地位保全を係争中で本件研究室の退去は拒否している旨伝え、強制退去は自力救済という不法行為であり、本件研究室の鍵の取替えや室内の物品撤去を無断で行えば、場合によっては窃盗罪になり得る旨警告し、別件訴訟における控訴人代理人弁護士らを通じても被控訴人法人の代理人弁護士らに対して同様の通知をした・・・のであるから、これらによれば、控訴人は、本件動産の撤去等がされた同月29日当時、控訴人自身のためにも本件研究室を所持する意思を有し、現にこれを所持していたということができるのであって、前記特別の事情がある場合に当たると解するのが相当である。

したがって、控訴人は、上記同日当時、本件研究室を占有していたと認めることができる。

(中略)

「本件研究室は、控訴人が被控訴人大学で専任講師として勤務していた際に、控訴人が『X1研究室』として物品の保管、学生との面談、執筆等の業務に単独で利用するものとされていたもので、パーテーションで区切られて個室として独立に施錠できる構造となっており、被控訴人法人から本件雇止め通知をもって本件労働契約が終了するとされた平成31年3月31日の後も、控訴人が別件訴訟を提起して本件雇止めの効力を争いつつ、本件研究室の鍵を引き続き管理して本件研究室を事実支配していたことからすると、被控訴人Y1及び同Y2は、令和3年3月29日時点において、控訴人が本件研究室内に相当量の動産を保管して占有していることを想定できたものと認められる。」

「そして、上記前提事実・・・並びに証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人大学の学長である被控訴人Y1及び同大学事務局長である同Y2は、令和3年度の新学期を迎えるに当たり、上記のような本件研究室の占有状況及び別件訴訟に係る控訴人との法的紛争を認識しながらも、それぞれ同大学の最終的な運営責任を負う者として、また、その施設管理責任者として、本件研究室の引渡しを控訴人に求めることを同大学関係者らと協議し、控訴人がこれに応じない場合は、本件研究室内の動産を運び出して別倉庫等で保管することとし、同年3月20日付けで被控訴人大学名をもって本件研究室の鍵の返却及び室内の物品撤去を求める通知文を控訴人に送付したこと、これに対して、前記・・・のとおり、同月25日、控訴人から、本件組合を通じて、明確に上記要求を拒否する連絡とともに、強制退去は自力救済という不法行為であり、窃盗罪にもなり得る等の警告を受け、別件訴訟における控訴人代理人弁護士らからも被控訴人法人の代理人弁護士ら(被控訴人Y3を含む。)に対して同様の通知がされたにもかかわらず、同月29日、被控訴人Y2は、控訴人に対して、授業担当のない方が研究室を持つことで他の先生が研究室に入れなくなるのを看過することはできない旨メールで連絡するとともに、他の職員らに指示して当初の方針どおり本件動産の撤去行為等を行ったこと、被控訴人Y1も、本件動産の撤去行為等につき被控訴人大学の学長として最終的にこれを容認する判断をしたことが認められる。」

「本件動産の撤去行為等が違法な自力救済に当たることは前記・・・のとおりであるところ、以上によれば、被控訴人Y1及び同Y2は、共謀して本件動産の撤去行為等を行ったことにつき少なくとも過失があり、民法709条、719条1項に基づき、共同不法行為者として控訴人に対し連帯してその損害を賠償する責任を負うものというべきである。また、被控訴人法人は、被控訴人Y1及び同Y2の使用者として、民法715条1項に基づき、同様に連帯して損害賠償責任を負う。」

3.自力救済を阻止するためには通知が大事

 上述のとおり、裁判所は、大学教員は基本的には占有補助者であるものの、別件訴訟を提起したうえ、退去を拒否し、自力救済を行わないように求める通知を発送していることを捉え、特別の事情があるとして、大学教員側に研究室の占有があることを認めました。

 こうした裁判例を見ると、自力救済を阻止するうえで、通知が重要な役割を果たしていることが分かります。大学教員の方が地位確認訴訟を遂行していくにあたり、本件の判示は実務上参考になります。