弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学でのハラスメント「こんなことだから他大学に転出できない」「早くどこかの職を探して、ここから出ていけ」

1.大学でのハラスメント

 前にも言及したことがありますが、このブログを目にしたという大学職員の方から相談を受けることは少なくありません。

 相談を受けていて意外だったのは、封建的な体質の大学が結構多いという事実です。

 このことには、おそらく二つの理由があると思っています。

 一つは、大学の自治です。大学には自治的な運営が保障されています。そのためか、何か問題が生じても、内部的な独自のルールで処理しようという発想が強く、個々の構成員に、裁判所を頼ろうという発想が、そもそも希薄であるように思われます。この傾向には、自治権があることの帰結として、司法審査に制限が課せられていることが更に拍車をかけています。

 もう一つは、業務内容の特殊性です。紛争が司法審査の対象になったとしても、業務内容が専門的すぎるため、法曹関係者が紛争の内容を理解し難いのです。例えば、嫌がらせ目的で土木工学の博士論文の受領をずっと拒否し続けられているのか否かが問題になっている事案があったとしても、法曹関係者には当該論文の学問的な位置付けが分かりません。箸にも棒にもかからないものなのか、学位の授与に十分な水準を持っているのかは、嫌がらせ目的の存否に影響を与える重要な事実です。しかし、法専門家にすぎない法曹関係者には、自前の知識で業務の水準を評価することができません。

 こうした背景事情から、大学内での問題に裁判所が介入することはあまりなくなり、結果、封建的な体質が温存されたまま、現在に至っているのではないかと思います。

 この封建的な雰囲気は、実際の紛争実例からも読み取ることができます。近時公刊された判例集に掲載されていた、高松高判令2.11.25労働判例ジャーナル108-12 国立大学法人徳島大学事件も、そうした雰囲気をうかがい知れる事件の一つです。

2.国立大学法人徳島大学事件

 本件は徳島大学の薬学部の准教授である原告が、薬学部の教授であり、薬学部長でもあったCからパワーハラスメントないし嫌がらせ行為を受けたとして、大学を相手取り、職場環境配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求訴訟を提起した事件です。

 一審は原告の請求を全部棄却しました。これに対し、原告が控訴したのが、高松高裁の二審になります。

 この事件でハラスメントとして認定された事実は、次のとおりです。

「控訴人は、平成26年4月14日午前8時頃、Cの教授室を訪れ、Cに対し、研究室の平成27年度の学生の募集人員につき、前年度の募集人数(Cの研究グループは4名まで、控訴人の研究グループは2名まで、両グループを併せて5名までとして募集)では、学生が控訴人の研究グループに来たがらないため、平成27年度は、Cの研究グループは2名まで、控訴人の研究グループは3名までとして募集することを提案したところ、Cは、控訴人の上記提案をCの研究グループは3名まで、控訴人の研究グループは2名までとして募集する提案であると誤解して、これを了承した。その後、Cは、控訴人提案の募集人数が記載された控訴人のメールを受け取ったEから、Cの研究グループは2名まで、控訴人の研究グループは3名までとして募集することになっていることを知らされ、同日午前11時頃、控訴人の教員研究室(居室)を訪れ、その入口のドアを開放させたまま、ドア付近に立って、『うちは教員が2人いるんだよ。あんたが3、うちが2ってなんだい。』などと、控訴人の提案を非難した。そこで、控訴人は、控訴人の研究グループに配属される学生の数が減っていることや、昨年度は希望者が1名いたものの1名では寂しいとして結局0名となったことから、Cに頼みに行き、了承してもらった旨を説明した。しかし、Cは、『あんたは非常識だ。』とか、控訴人の考えが理解できない旨などを述べ、沈黙した後、『こんなことだから他大学に転出できないんですよ。』、『早くどこかの職を探して、ここを出て行けばいいじゃないですか。』などと、通常よりも大きな声で、厳しい語調で控訴人を非難した。そして、控訴人が自らの提案を変えるとは言わなかったことから、Cは、一旦教授室に戻った。これらのやり取りに要した時間は、長くとも20分程度であった。

 上記の事実に対し、裁判所は、次のとおり述べて、Cの言動に違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「学生の募集に関する控訴人の提案について、前年度は控訴人の研究グループに配属された学生が0名であり、全体として控訴人の研究グループに配属されている学生の数がCの研究グループのそれを相当に下回り大きな差が生じている状態になっていたことによれば、平成27年度の募集人数については、そのような状態を踏まえ、研究室の運営を行うCにおいても、控訴人の意見を聴取してさらに話し合うことが適切であったと考えられるところ、前記認定のCの言動は、Cの研究グループの教員の人数が多いことやCが教授であることから、Cの研究グループが控訴人の研究グループより多くの学生を受入れるのが常識であるとの考えの下、控訴人の意見を非常識であるとして非難し、また、控訴人に対して、Cの研究室から出て行けばよいとの旨や、控訴人のやり方では他大学の教授になって徳島大学から出て行くことができないとの旨を述べたものであり、Cの語調が厳しく、また声も大きかったと認められることや、Cが控訴人と同じ研究室に所属する教授として、控訴人の学内あるいは学外の教授職への就任において、事実上一定の影響力を有しており、相対的に優位な立場にあったといえることを併せ考えれば、職務上の地位や権限又は職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、人格と尊厳を侵害する言動であるといえ、違法な行為に当たるというべきである。

「これに対し、被控訴人及び被控訴人補助参加人(C)は、前記・・・のとおり、Cの発言の前後の経緯等、教授選考においてCが行使しうる影響力が小さいこと、発言後に控訴人はCと学生の募集人数についての協議をしていることによれば、控訴人の精神的衝撃の程度は大きいとはいえず、Cの言動は、悪質なものとは解されず、慰謝料が発生するような不法行為には該当しないと主張する。」

「しかし、控訴人が教授職に就任するために所属する研究室の教授であるCによる評価が影響することは否定できず、Cが優位な立場にあることを前提として、研究室の運営とは関係のない控訴人の職位に関する内容を発言したこと、Cは、前記のとおり、同日のうちに控訴人と学生の募集人数についての話合いを行っているにもかかわらず、自らの先の発言について、不適切であったとして謝罪するなどの対応はとっていないことからすれば、控訴人の受けた精神的衝撃の程度が間もなく緩和されたとも認められないのであって、被控訴人及び被控訴人補助参加人(C)の主張は採用できない。

3.所属する研究室の教授の評価が学外の教授職への就任にも影響する

 本件の判示で興味深いのは、言動に違法性が認められる根拠として、C教授が、原告・控訴人准教授に対し、

「学外の教授職への就任において、事実上一定の影響力を有して」

いると認定されている部分ではないかと思います。

 民間企業でも、転職者の現職場での評価が、転職先の採用面接で考慮されることはあります。しかし、職場や上司が変われば、その人の評価が変わることも珍しくはないとの知見が比較的一般化しているため、現職場での上司に転職先会社のポストへの影響力があるかと言われれば、一部特殊な業界を除き、普通はないと言って差し支えないように思います。

 しかし、本件の裁判所は、他大学の教授に就任するにあたっても、現職場の教授が事実上一定の影響力を有していると認定しました。どのような立証方法によったのかは定かではありませんが、これは原告・控訴人側で教授の持つ強力な権限を立証できたということを意味しています。

 大学職員の中には、一部の方の強力な権限のもと、ハラスメントを我慢している方が少なくないように思われます。事件の困難さの割に、見込まれる慰謝料の低い事件類型ではありますが(本件で裁判所が認めた慰謝料も僅か10万円です)、裁判を検討している方がおられましたら、お気軽にご相談頂ければと思います。