弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

部長の推薦を受けた者を従業員代表にすることの適法性

1.賃金控除と従業員代表

 労働基準法24条1項は、

賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

 と規定しています。つまり、使用者が賃金控除を行うためには、(過半数組合がない場合)過半数代表者と書面で協定を交わすことが必要になります。

 そして、この過半数代表者は、労働基準法施行規則6条の2

「法第四十一条第二号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと。」

「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと。

という二つの要件を充足している必要があります(労働基準法施行規則6条の2)。

 それでは、使用者側の管理職(部長)からの推薦を受けて従業員代表になった方は、従業員代表に就任することが許されるのでしょうか? このような場合、

「使用者の意向に基づいて選出されたもの」

といえるのではないのかが問題になります。

2.大陸交通事件

 本件で被告になったのは、一般乗用旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の乗務員ないし乗務員であった方3名です。

 乗務員の歩合給の算定にあたり、クレジットチケット、クレジットカード及びID決済の取扱手数料(本件手数料)を乗務員に負担させることは、労働基準法24条1項本文に定める賃金全額払の原則に反する違法行為であるから許されないとして差額賃金等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件では、歩合給算定の根拠となる給与規定(本件給与規定)改正(変更)の効力が争点になりました。

 原告らは、賃金控除に必要な労使協定を締結した従業員代表者が部長の推薦を契機として就任していることを問題視しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、従業員代表の選任プロセスに問題はなかったと判示しました。

(裁判所の判断)

「C氏は、乗務班長として、一般乗務員に対する指導的役割を務めることが期待されていたが、あくまでも乗務員であり、乗務班長の任期が1年と定められていることや、乗務班長であっても、時間外労働をした場合には残業手当が支給されるなど、労働時間の規制が及んでいることからすると、C氏について、平成25年当時、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者であったと認めることはできない。」

「また、①C氏が従業員代表になったのは、J部長の推薦を契機とするものではあるが、会社側委員と従業員を代表する委員で構成される安全衛生委員会の推薦を受けていること、②安全衛生委員会がC氏を推薦したのは、平成25年2月、全乗務員の参加が義務づけられている定例教育会において、従業員代表の説明がなされた上で、立候補者を募ったものの、立候補者がいなかったという事情があったからであること、③後に行われた同年3月の定例教育会において、C氏を従業員代表として選出することについて、従業員の意見を実際に確認しており、反対する者が数名いることも確認していることを総合考慮すると、たとえC氏を従業員代表に選任することについて賛成する者の挙手を求めていなかったとしても、従業員代表の選出手続が行われていないということはできず、また、C氏が使用者の意向に基づき選出された従業員代表であるということもできない。」

「この点、本件組合の元執行委員長であるK(以下『K』という。)、原告X3及び原告X2は、いずれも平成25年3月の定例教育会において、従業員代表の選挙が行われていない旨の証言及び供述をする・・・。しかしながら、いずれの証言及び供述も、選挙が行われていないと述べるだけであり、その時の状況について、何ら具体的な証言及び供述していない。このような証言及び供述内容は、平成25年3月の定例教育会において、C氏が従業員代表になることについて反対する者の挙手を求め、数名が手を挙げた旨のC氏の証言内容・・・と整合するものではなく、他に、K、原告X3及び原告X2の上記証言及び供述を裏付ける的確な証拠もない。したがって、K、原告X3及び原告X2の上記証言及び供述を採用することはできない。」

3.従業員代表になるための要件

 上述のとおり、裁判所は、従業員代表が部長の推薦を契機に選出された者であるからといって、

「使用者の意向に基づき選出された従業員代表であるということもできない。」

と判示しました。

 ただ、この判示も安易に一般化して良いのかは疑問に思われます。飽くまでも、元々立候補者がいなかったことや、安全補償委員会の推薦を受けられているといった事情を前提にしていることには留意しておく必要があります。