弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

給料の支払いを受けるために理事から徴求する念書の体裁

1.賃金の未払いが生じたとき

 賃金の未払いが生じたとき、労働者が法人の経営者に詰め寄って、賃金を支払うという念書を作成させることがあります。

 賃金を支払えていないという負い目があるためか、別段、労働者側で強迫的な言葉を使わなくても、念書の作成に応じる経営者はいます。

 しかし、このような経緯で作成された念書は、しばしば法的な意味合いが不明確で、その理解をめぐって紛争が発生します。よくあるのは、経営者が個人で賃金を支払う趣旨で念書を作成したのかどうかです。労働者の側は、経営者が個人で支払う意思を表明したものと理解しているのに、経営者の側が、飽くまでも法人に支払う責任があることを明確にしただけだと思っている場合、念書の読み方をめぐって、裁判になることもあります。近時公刊物に掲載されていた、大阪地判令3.1.27労働判例ジャーナル110-48 未払賃金相当額等支払請求事件も、そうした事件の一つです。

2.未払賃金相当額等支払請求事件

 本件は、労働者が法人の理事に対して未払賃金等の支払いを請求した事件です。原審が請求を全部棄却したため、原告労働者の側で控訴を提起しました。その控訴審事件が本件です。

 本件で被告・被控訴人になったのは、「医療法人 春光会 春光会クリニック」(春光クリニック)を営む、医療法人春光会の平理事です。

 原告・控訴人になったのは、春光会クリニックにおいて、放射線技師として勤務していた方です。

 平成27年12月、春光会の不正・不当請求が職員に対して明らかになり、医院運営への支障の発生が予想されたことをうけ 、被告・被控訴人は、春光会クリニックを休診状態にするとともに、春光会クリニックの職員を解雇すると告げました。

 原告・控訴人を含む春光会クリニックの職員は、春光会クリニックが休診となる事態を受け、同年12月分の給料が支払われるかを不安に思いました。そこで、原告・控訴人らは、他の職員らとともに、被告・被控訴人に対して面会を求めました。

 その時、原告・控訴人は、被告・被控訴人から、次のように書かれた念書を取得しました。

「『私、Dは、平成27年12月28日現在、医療法人春光会クリニックの理事として、Aに、平成27年12月1日~平成27年12月28日までの勤務分としての給与分満額を平成28年1月29日までに振り込みにて支払います』、『上記の内容を実行できなかった場合は、それによって生じるありとあらゆる損失損害に、責任を持って賠償し対処します」

 原告・控訴人は、これが連帯保証契約もしくは併存的債務引受にあたるとして、被告・被控訴人の個人責任を追及したのが本件す。

 被告・被控訴人は、念書の作成について、連帯保証契約を締結したことにも、併存的債務引受をしたことにもならないと主張し、原告・控訴人の主張を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の連帯保証契約の締結、ないし、併存的債務引受契約の成立を認めました。結論としても、一審判決を破棄し、原告・控訴人の請求を認めています。

(裁判所の判断)

「本件念書の記載内容・・・及び本件念書には被控訴人の氏名のみならず、個人の印章による押印がされていること・・・に徴すると、被控訴人は、春光会とは別に、春光会の理事個人として、控訴人に対し、12月分給与を支払う旨を約束したものと理解することができるから、控訴人が本件念書の交付を受けたことをもって、被控訴人と控訴人との間で、春光会が控訴人に対して負担する上記賃金支払債務を主たる債務とする連帯保証契約又は併存的債務引受が成立したものと認められる。

「よって、被控訴人は、春光会と連帯して、控訴人に対し、12月分給与ないし同相当額の金員の支払義務を負うこととなる。」

3.使用者側が弱気であった事件ではあるが・・・

 少し前にご紹介させて頂いたとおり、親会社役員の「必ず精算します。」等の発言では、併存的債務引受であるとは認められませんでした。

未払賃金請求-親会社役員の「必ず精算します。」は、あてにしていいのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 この事案とのバランスを考えると、本件でも、連帯保証契約・併存的債務引受契約が認められないとする判断も在り得たのではないかと思います。

 本件で労働者側に有利な判断が得られたのは、本件の使用者が、念書の脅迫取消を主張したり、後日、自分が支払いを免れるための合意書を取り交わしたりするなど、念書により債務を負担していることを前提にするかのような行動も、裁判所の心証に影響した可能性があると思います。

 とはいえ、賃金の未払いが生じている局面で、労働者を保護するために役立つ事実認定の方法を示した点において、本件は色々と使い道のある裁判例であるように思われます。