弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

名誉感情侵害・名誉教授の称号授与の可能性の回復では戒告の無効確認の訴えの利益が認められないとされた例

1.戒告・譴責の無効を確認する利益

 戒告・譴責といった具体的な不利益と結びついていない軽微な懲戒処分の効力が無効であることの確認を求める事件は、「訴えの利益」が否定されることが少なくありません。

 「訴えの利益」とは、裁判所に事件として取り扱ってもらうための要件の一種です。訴えの利益のない事件は、不適法却下-いわゆる門前払いの判決が言い渡されます。

 裁判所が、戒告・譴責の無効の確認を求める事件に消極的であるのは、

具体的な不利益と結びついていないから、有効か無効かを判断する実益がない、

戒告・譴責といった処分歴が考慮されて、より重い処分(減給・停職・解雇など)が下される可能性があるとしても、具体的な不利益と結びついたより重い処分がされた時点で、前歴とされた戒告・譴責の効力を検討すれば足りるので、戒告・譴責といった軽微な処分しかされていない段階で、敢えて、その効力を議論する実益はない、

と考えているからです。

 こうした状況の中、一昨年の11月に、名誉感情の侵害や、名誉教授の称号授与の可能性を回復させる必要性があることを理由に、戒告の無効確認請求に訴えの利益を認めた判決が言い渡されました。東京地判令2.11.12労働判例1238-30 学校法人國士舘ほか(戒告処分等)事件です。

大学教授の特殊性-名誉教授の称号授与の可能性と戒告・譴責の無効を確認する利益 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 画期的な判決だと思っていたのですが、残念ながら控訴審で取り消されたようです。近時公刊された判例集に控訴審判決が掲載されていました。東京高判令3.7.28労働判例ジャーナル118-58 学校法人国士舘事件です。

2.学校法人国士舘事件

 本件で被告になったのは、国士舘大学等を設置・運営する学校法人らです。

 原告になったのは、被告法人から雇用されて、大学教授を務めていた方2名です。他の2名の教授とともに、A教員が二重投稿、二重掲載を行ったことなどについて、被告法人理事長と監査室長に対して公益通報を行ったところ、通報内容に虚偽があるとして戒告処分を受けました。これに対し、通報内容に虚偽はないとして、戒告処分の無効確認等を求め、被告法人らを訴えたのが本件です。

 原審は戒告処分の無効確認の訴えの利益を肯定したうえ、戒告処分が無効であることを確認し、原告らの請求していた損害賠償請求を一部認める判決を言い渡しました。これに対し、被告法人側が控訴したのが本件です。

 控訴審裁判所は、次のとおり述べて、名誉感情侵害・名誉教授の称号授与の可能性がなくなることは事実上の不利益にすぎず、戒告の無効確認を求める法律上の利益にはあたらないと判示しました。結論として、退職した原告の戒告処分無効確認請求は不適法却下されています。

(裁判所の判断)

「本件各処分の無効確認請求は、過去に行われた懲戒処分の無効確認を求めるものであるところ、こうした過去の法律関係の確認を求める訴えについては、現に存在する法律上の紛争の直接かつ抜本的解決のため適切かつ必要と認められる場合に限り、確認の利益が認められる。」

「この点について、被控訴人Cは、現在に至るまで控訴人に雇用されているところ、将来別の懲戒処分を受けることとなった場合、その相当性を判断する上で本件処分に係る懲戒歴は法律上当然考慮されることになる。そして、前記引用に係る原判決『事実及び理由』の『第2 事案の概要』の2(2)のとおり、被控訴人Cは、実際に本件処分の後控訴人から新たな懲戒処分として教授を免じて准教授として等級を下げる旨の処分を受け、被控訴人Cと控訴人との間でその処分の有効性を巡って争われていた経緯等も考慮すると、現にその労働契約上の地位に危険、不安が存在するのであり、将来本件処分が有効であると取り扱われることによる不利益を回避するために、本件処分の無効を確認することが適切かつ必要であると認められる。これらによると、被控訴人Cにおいて本件処分の無効確認を求める法律上の利益があると認めるのが相当である。」

「他方、被控訴人Bは、平成31年3月に控訴人を退職し、控訴人との労働契約は既に終了しているから、本件処分を前提とした新たな不利益を受ける危険、不安はもはや存在しないものと認められる。そうすると、被控訴人Bにおいて本件処分の無効確認を求める法律上の利益があると認めるのは困難である。

これに対し、被控訴人Bは、〔1〕本件処分を受けたことにより本件大学における自己の名誉が傷つけられたものであり、こうした名誉侵害を除去するには、本件処分の無効を確認するしか方法がないこと、〔2〕本件大学の名誉教授は、慣例上懲戒処分を受けた者はその選考対象とならない扱いとなっているから名誉教授の授与の資格回復のため、本件処分について無効を確認する必要があることを理由に確認の利益が存在すると主張する。

しかし、上記〔1〕の点について、被控訴人Bが本件処分により名誉が侵害されたとしても、それは本件処分の法的効果によるものではなく、事実上の不利益にすぎないのであり、その救済は、不法行為に基づく損害賠償により図られるべきものである。また、上記〔2〕の点についても、名誉教授は、大学に教授等として勤務した者のうち、教育上又は学術上特に功績のあった者に対して大学がその定めるところにより授与する称号であり(学校教育法106条参照)、それ自体は労働契約上の地位と直接関係があるものではない。また、控訴人は、名誉教授の称号の授与について、国士舘大学名誉教授規程(原判決別紙3)を設けているが、同規程は、控訴人における名誉教授の選考の基準等を定めたものにすぎず、被控訴人Bが同基準を外形上満たすものであっても、これに基づいて控訴人に対し具体的な権利又は法律上の利益を有するものではなく、他方、同規程において、懲戒処分歴を有する者を授与の対象から除外する定めも設けられていない。そうすると、被控訴人Bにおいて、本件処分により将来控訴人から名誉教授の称号の授与がされないおそれがあるとしても、それは事実上の不利益にとどまるというべきである。

これらによれば、被控訴人Bの主張するところは、いずれも確認の法律上の利益を基礎付けるものということはできない。要するに、本件で問題とされているのは、本件処分を受けたことを理由として不法行為による損害賠償を求めるのとは別個に、本件処分の無効確認を求める法律上の利益があるか否かということであり、不法行為による損害賠償請求権の有無について判断する理由中において、本件処分の有効性が判断され、示されるのであるから、これとは別個に独立して本件処分の無効確認を求める法律上の利益はないと解されるということである。

「以上のとおり、被控訴人Cにおいて本件処分の無効確認を求める訴えは、確認の利益が認められるから、適法なものであるが、被控訴人Bにおいて本件処分の無効確認を求める訴えは、確認の利益を認めることができないから、不適法なものといわざるを得ない。」

3.訴えの利益が否定されたのは残念ではあるが・・・

 上述のとおり、東京高裁は名誉感情の侵害や名誉教授の称号授与の可能性に法律上の利益を認めない判断をしました。一審の判示が画期的であっただけに残念ではあります。しかし、退職前の教員との関係では訴えを認めるなど、一般的な理解よりは踏み込んだ判断をしています。

 大学教員の労働問題は、特殊な点が多く、常に裁判例を追い掛けている専門性の高い弁護士でなければ分からないことも少なくありません。お困り事をお抱えの方は、当事務所も相談先の選択肢に加えて頂けると嬉しく思います。