1.労使間の話し合い
労働者と使用者との利益は必ずしも一致しているわけではありません。一致する場面もありますが、利害が鋭く衝突する場面も決して少なくありません。そのため、労使間での話し合いでは、時として激しい言葉が使われます。
典型的なのが、進退を賭けた言葉です。使用者側の対応に対し、労働者は辞意を述べることによって翻意を迫ろうとすることがあります。
それでは、このようにして述べられた進退に関する言葉を逆用し、使用者側で部門閉鎖や整理解雇の正当性を基礎付けることは許されるのでしょうか? 「辞めると言っている人間が多いから部門閉鎖を行うことにした」「辞めると言っている人間を解雇して何がのか」といったようにです。
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、札幌高判令3.4.28労働判例1254-28 ネオユニットほか事件です。
2.ネオユニットほか事件
本件で被告・被控訴人になったのは、障害者総合支援法に基づく障がい福祉サービス事業等を目的として設立された株式会社(被控訴人会社)と、その代表取締役(被控訴人乙山)です。
原告・控訴人になったのは、被控訴人会社が運営する就労継続支援施設A型事業所(就労継続支援施設D)に勤務していたスタッフや利用者(障害者)の方達です。
就労継続支援施設A型というのは、障害者総合支援法に根拠のある施設です。通常の事業所に雇用されることが困難であって、雇用契約に基づく就労が可能である障害者に対して就労の機会等を与えるものです。この施設では障害者を雇用して就労の機会等を提供しています。
被控訴人会社は、設立から3期連続赤字で、債務超過に陥り、滞納社会保険料の差押えを受けるなどしたため、就労継続支援施設Dを閉鎖することを決定し、スタッフ及び利用者の全員を解雇しました(本件解雇)。
これに対し、整理解雇の要件を満たしていないことを理由に、控訴人らは損害賠償等の支払いを求めて被控訴人らを提訴しました。一審は、本件解雇を有効だとしたうえ、控訴人らの請求のうち、利用者についてのみ慰謝料5万円及び弁護士費用5000円を認めるに留まりました。これに対し、原告であるスタッフ・利用者側が控訴したのが本件です。
本件の主要な争点は、整理解雇の可否です。その中で、控訴人・原告側の「そのような対応であれば、スタッフは全員退職する。」という言葉の評価が問題になりました(本件発言①)。
本件発言①の経緯に関しては、次のとおり認定されています。
「控訴人C9が、F支援員の退職に伴う被控訴人乙山の対応が不十分で、利用者も不安に感じていることなどについて不満を表明した上、そのような対応であれば、スタッフは全員退職する旨を述べた。」
本件発言①の評価について、裁判祖は次のとおり判示し、これを整理解雇の効力を肯定する事情とは評価しませんでした。結論としても、整理解雇の有効性は否定しています。
(裁判所の判断)
「本件発言①によって、控訴人C9を含むスタッフが、被控訴人会社に対し、辞職の意思表示をしたと認めることができないことは後記・・・のとおりであり、被控訴人乙山らが本件発言①があったことを都合良く利用してDを閉鎖しようとしていたことが窺われるし、本件解雇予告通知書が交付された同年3月30日、控訴人C9が、スタッフは3人でDを運営する覚悟でF支援員から引継ぎを受けるなどしてきたとも述べていた・・・のであるから、控訴人利用者らにおいて、被控訴人会社の説明内容に疑問を持つことも当然であったといえる。」
(中略)
「前記・・・において説示したとおり、被控訴人会社が上記機会において説明したD閉鎖の理由はスタッフ全員の退職であるところ、これは控訴人C9がした本件発言①を捉えての説明と理解される。しかしながら、本件発言①は、控訴人C9が、F支援員の退職に伴う被控訴人乙山らの対応が不十分で、利用者も不安を感じていることなどについて不満を表明した上、そのような対応であれば、スタフは全員退職する旨を述べたものに過ぎない。このような本件発言①の文脈に加えて、控訴人C9が、Dのスタッフ全員の退職を取り纏めていた形跡がないことや、被控訴人乙山らにおいても、退職届の提出
をスタッフに求めるなどして、その退職意思を確認してもいないことなどに照らせば、本件発言①によって、控訴人C9を含むスタッフが、被控訴人会社に対し、辞職の意思表示(退職合意の申入れの趣旨を含む。)をしたと認めることはできない。」
3.言ってしまったら終わりというわけではないが・・・
上述のとおり、札幌高裁は労働者から行われた「そのような対応であれば、スタッフは全員退職する」といった言葉に、それほどの力点は置きませんでした。
しかし、一審札幌地裁は、
「Dの人員体制について検討するところ、原告C9は、被告乙山に対し、本件発言①を述べ、また、原告C9は、E(被告乙山の夫 括弧内筆者)に対し、本件発言②(『誰も残らないんじゃないですか? 全員辞めると思いますよ。I’君くらいしか残んないんじゃないんですか。』との発言。括弧内筆者)を述べ、Eは、本件発言②を被告乙山に伝えている・・・。これらの事実からすれば、被告乙山は、Dのスタッフ及び利用者のうち、利用者1名を除いて全員退職すると認識したものと認められるところ、新規スタッフを募集したものの見つけることができなかったこと・・・、被告乙山自身は、Dにおいて、生活支援員などの立場で利用者と関わったことがないこと(被告乙山)に鑑みれば、被告乙山がDの閉鎖を決意した平成29年3月28日以降、人員体制の点においても、Dの運営が苦境に陥ることは明らかであったといえる。」
「これに対して、原告らは、原告C9が述べた本件発言①及び②は、被告乙山に、Dの経営に誠実に携わってほしいという気持ちによるものであって真意によるものではなく、また、これまでのDにおける原告C9の働きぶりを見ていれば、本件発言①及び②が真意ではないことを、被告乙山は容易に認識できたのであるから、事業を廃止することの必要性は認められないと主張する。しかし、本件全証拠を精査してみても、被告乙山が、原告C9の上記発言が真意でなかったことを認識していたことを認めるに足りる証拠はないし、原告C9が、スタッフ全員が辞めるという点において同趣旨である本件発言①及び②を繰り返したこと、原告C9が、本件解雇予告通知書の配布までの間に、本件発言①及び②が真意ではなかったことを被告乙山及びEに説明していなかったこと・・・からすれば、被告乙山が本件発言①及び②が真意ではなかったことを容易に認識できたと認めることもできない。よって、原告らの主張は採用できない。」
「以上のような被告ネオユニットの経営状態及びDの人員体制に鑑みれば、被告乙山が、平成29年3月28日に、Dを閉鎖して、障害福祉サービス事業を終了することを決意したことは合理的でやむを得ないものであって、事業廃止の必要性を認めること
ができる。」
と述べ、発言に解雇の有効性を基礎付ける積極的な意味を与えていました。
進退を賭けた発言は、それだけで組織から排除することが認められるようなものではありませんが、解雇の有効性を支える事実の一つとして評価されてしまうリスクがあることは否定できません。
そのため、真意によらないのに激しい言葉が口から出てきてしまった場合には、使用者において容易に認識できるよう、可及的速やかに真意と異なることを伝えておくことが望ましいとはいえそうです。