弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学教授の地位保全の必要性

1.地位保全の仮処分

 解雇や配転を受けると、それまでの日常生活・職業生活が一変してしまうことも少なくありません。しかし、解雇や配転の効力を争って法的な手続をとっても、裁判所の終局的な判断が得られるまでには、一定の時間がかかります。近年では労働審判という迅速な手続が活用されることにより改善が図られていますが、全ての事件が労働審判で解決するわけではありませんし、労働審判での解決に適しているわけでもありません。

 裁判所の終局的な判断を待つことができない場合、仮処分という手続を検討することになります。仮処分とは、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため、暫定的な措置を求める手続です(民事保全法23条2項参照)。

 しかし、解雇された場合に申し立てる賃金仮払いの仮処分はともかく、それ以外の類型の仮処分は容易には認められない傾向にあります。裁判所に仮処分を認めてもらうためには、「保全の必要性」が必要だからです(民事保全法23条2項参照)。解雇されて生活が困窮している場合はともかく、それ以外の局面では、裁判所の終局的な判断を待てないような事情は認めがたいという発想が根底にあります。

 例えば、以前このブログでも紹介した、仙台地決令2.8.21労働判例1236-63 センバ流通(仮処分)事件では、賃金仮払いの仮処分とともに、地位保全の仮処分も申し立てられました。裁判所は、賃金仮払いの仮処分は認めましたが、地位保全の仮処分は、

「保全すべき権利の中核である仮払い仮処分の必要性が認められるところ、これを超えて、地位保全仮処分の必要性を認めるべき特段の事情があるとはいえない。」

などと述べて、申立を却下しています。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、薬学部教授の地位にあることを仮に定めるという内容の仮処分命令の申立てが認められた裁判例が掲載されていました。昨日、一昨日とご紹介させて頂いてる、宇都宮地決令2.12.10労働判例1240-23 学校法人国際医療福祉大学(仮処分)事件です。

2.学校法人国際医療福祉大学(仮処分)事件

 本件は配転命令の効力が争点となった仮処分事件です。

 本件で債務者になったのは、国際医療福祉大学を開学した学校法人です。債務者は、同大学の附属病院として、A病院も設置していました。

 債権者になったのは、債務者との間で、「国際医療福祉大学薬学部教授及びA病院薬剤部長」として有期雇用契約を締結していた方です。従業員等に対してハラスメントを行ったとして、債務者から薬学部教授等の地位を解任されたうえ、国際医療福祉大学病院において勤務することを命じられました(本件配転命令)。これに対し、本件配転命令の無効を主張して、薬学部教授の地位にあることを仮に定める処分を求める申立を行ったのが本件です。

 この事件では、本件配転命令の効力のほか、保全の必要性が認められるか否かも争点になりました。

 債務者は、

「債権者の主位的申立てに係る上記主張は、就労請求権を前提とするものであって、いわゆる任意の履行を求める仮処分命令であるが、このような申立てには原則として保全の必要性は認められない。そして、債権者は、本件主位的申立てが認められないことで研究活動が阻害される旨を主張するが、具体的な研究活動の内容は定かでなく、また、各種国家試験委員の地位を喪失しうる旨の主張についても、研究活動そのものではなく、研究活動との関連性も定かではない上、債権者が債務者において担当した講義は、昨年7月1日から同年12月までにおいて、『臨床薬学Ⅲ』をわずか1回だけ担当したのみであるから、薬学部教授として後進を育成するという観点からみても、何ら支障が生じていないことは明らかである。債権者の主位的申立てには、保全の必要性が認められるべき例外的な事情がないことは明らかであり、保全の必要性につき疎明されていないから、却下されるべきである。」

と主張し、保全の必要性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、保全の必要性を認めました。

(裁判所の判断)

「債権者と債務者との間には本件職種限定合意の成立が一応認められ、本件配転命令は、この合意に反するものとして無効であるが、ただ、その場合、債権者が薬学部教授として地位にあることを仮に定めるのでなければ、その結果として、上記1(1)ウで認定した重要な研究課題に関する研究助成金の交付を受けられないなど、債権者の研究活動等に重大な支障が生じることが高度の蓋然性をもって予測されるところである。そうすると、債権者は、かかる研究者にとって致命的ともいえる不利益を回避するため、現実に債務者に対して薬学部教授として就労をすることを求める特別の利益を有するものと解するのが相当であるから、この点に関する債権者の主位的申立てには保全の必要性が認められるものというべきである。

 ※ 上記1(1)ウ

「債務者は、所属する教員各位に対し、人事評価の一環として、大学教育の質を上げるため、教員が自らの大学に対する貢献を客観的に把握し、各人が更に上を目指し努力を重ねることを目的とする『教育研究活動報告書』の作成・提出を求め、1年間における担当科目数・コマ数、執筆した論文・著書数、研究助成金の獲得数、学会発表回数等を報告させた・・・。」

「債権者は、平成31年度において、臨床薬学Ⅲの授業を1回担当し、論文を16本、著書を1冊それぞれ執筆し、公的研究費を1件支給され、また、国際学会での発表を5本、国内学会での発表を17本担当した・・・。」

「令和2年度においては、研究助成金を3件獲得した。助成金の内訳は、20万円、20万円及び80万円である・・・。」

「ちなみに、債権者は、債務者の薬学部教授に就任した後も、債務者課題『I』として、平成30年から令和2年を期間とする研究助成金を受け、△△大学付属病院が収集したデータの解析、評価及び論文化を担当し、助成金の規模は、平成30年が689万円、令和元年及び同2年がいずれも520万円であった・・・。」

3.大学教授の法的地位の特殊性

 大学教授の法的地位の特殊性は、本ブログでも、

大学教授の就労請求権 - 弁護士 師子角允彬のブログ

大学教授会への出席・参加に権利性が認められた事例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

大学教授の特殊性-名誉教授の称号授与の可能性と戒告・譴責の無効を確認する利益 - 弁護士 師子角允彬のブログ

など記事で紹介してきました。

 本件は広い意味で就労請求権を認めた事例の一つとして位置付けられる裁判例であると思われます。

 裁判所は、大学教授の研究活動を進める利益を、かなり重視しています。通常の労働者には認められない請求・申立が認められる可能性もあるため、労働問題でお困りの方は、ネットでの一般論の収集に留まらず、知見のある弁護士に相談してみることを、お勧めします。