1.懲戒処分の無効確認請求と訴えの利益
戒告処分や譴責処分の無効確認を求める訴えについては、処分が具体的な不利益と結びついていないためか、訴えの利益を否定されることが少なくありません。
「訴えの利益」とは、裁判所に事件として取り扱ってもらうための要件の一種です。訴えの利益のない事件は、不適法却下-いわゆる門前払いの判決が言い渡されます。
ただ、「賞与・昇給・昇格の人事考課や査定において不利益に考慮され、数回の譴責・戒告を経た後にはより重い懲戒処分が課される旨、明記されることがある。これらの場合には、無効確認の訴えの利益が認められる」(荒木尚志『労働法』〔有斐閣、第4版、令2〕505-506頁参照)とも理解されています。
それでは停職処分(出勤停止処分)はどうでしょうか。
停職処分を受けた場合、出勤停止期間中の賃金は支払われないの普通です。そのため、出勤停止処分を受けた労働者は、(停職中に生じた)未払賃金請求の形を用いて停職処分の効力を問題にすることができます。
また、停職処分の違法無効を理由とする未払賃金請求訴訟は、停職処分が違法・無効でありさえすれば勝訴できます(他方、戒告・譴責)。他方、戒告・譴責の効力を問題視して制圧するためには、損害賠償請求の形によらざるを得ません。戒告・譴責が違法・無効であっても、違法な懲戒処分を行ったことについて故意・過失が認められなければ、経済的な給付(損害賠償金)を受けることができません。
このように考えると、戒告・譴責の場合よりも、一層、停職処分の無効確認を求める訴えには「訴えの利益」が否定されるかにも読めます。
しかし、近時公刊された判例集に、停職処分の無効確認の訴えの利益を認めた裁判例が掲載されていました。一昨々日以来、ご紹介させて頂いている、東京地判令5.4.28労働判例ジャーナル141-28 埼玉県森林組合連合会事件です。
2.埼玉県森林組合連合会事件
本件で被告になったのは、
森林組合法に基づく森林組合連合会(被告連合会)、
被告連合会の事務所で参事兼事務局長として勤務していた方(被告C)、
被告連合会の理事・副会長の方(被告D)
の三名です。
原告になったのは、被告連合会の職員の方です(元業務部長(管理職))。
平成27年5月29日、原告は被告連合会から解雇されました。
原告は、この解雇を無効であると主張し、被告連合会に対して地位確認請求訴訟を提起しました(前件訴訟)。
平成30年4月20日、前件訴訟の一審は、解雇が無効であるとして、地位確認請求を認容する判決を言い渡しました。ただ、一審判決は慰謝料請求を棄却する内容であったため、原告は一審判決に控訴しました。
一審判決控訴中の平成30年5月7日、被告連合会は前件訴訟で問題となった解雇を撤回し、同日9日から事務所に出勤することを命じました。しかし、原告が控訴したことを理由に、控訴審が終結するまで自宅待機することを命じました。
前件訴訟の控訴審判決は平成31年1月31日に言い渡され、被告連合会は、同年4月12日付け内容証明郵便、同年4月15日付け内容証明郵便により出勤を命じ、原告が同月19日に出頭すると、
他の職員らが執務する隣の部屋で一人で執務することを命じられる、
控訴審終了後から平成31年4月18日まで10日間以上に渡り無断欠勤したことなどを理由に懲戒処分(停職3か月)を受ける、
などの処遇を受けました。
これに対し、原告の方が、懲戒処分の無効確認や、ハラスメントを理由とする損害賠償請求を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では懲戒処分(停職3か月)の無効確認請求に訴えの利益が認められるのか否かが争点の一つになりました。
裁判所は、この論点について、次のとおり判示しました。
(裁判所の判断)
「前記前提事実・・・によれば、本件停職処分に係る停職期間は令和元年5月27日から3か月間であり、当該期間は既に経過したことが認められ、また、本件給与規程には、懲戒処分を受けたこと自体により不利益を受けることを直接示す規定は存在しない・・・。」
「しかしながら、証拠・・・によれば、本件給与規程において、勤務成績は給与の考慮要素とされているほか(3条1項)、昇給は勤務成績その他が良好な職員について行うものとされ(4条1項)、昇給額は職員の勤務成績等を考慮して決定するとされている(4条3項)ことが認められ、前件訴訟の経過等を含む前記前提事実・・・のとおりのこれまでの被告連合会における原告に対する処遇等を併せ考慮すると、原告が懲戒処分である本件停職処分を受けたことが、被告連合会における将来の人事考課等において原告に不利益をもたらすおそれがあると認められる。」
「そうすると、本件停職処分に基づく停職期間が既に経過していることを踏まえてもなお、同処分の無効を確認する利益が認められ、本件停職処分の無効確認を求める訴えは適法である。」
3.不利益を受けることを直接示す規定が存在しなくても訴えの利益が認められた
本件の特徴は、不利益を受けることを直接示す規定が存在していないことです。こうした規定が存在しないという事実関係のもと、裁判所は、
「将来の人事考課等において原告に不利益をもたらすおそれがあると認められる」
として訴えの利益を認めました。
懲戒処分の無効確認訴訟に訴えの利益が認められた一例として参考になります。