弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の懲戒処分-違法な懲戒処分の取消訴訟に要した弁護士費用実額の損害賠償請求が認められた例

1.弁護士費用を相手方に請求できるか?

 弁護士費用は自弁するのが原則です。裁判に勝っても、相手方に弁護士費用を転嫁することはできません。その代わり、裁判に負けても、相手方から弁護士費用を転嫁される心配はありません。

 しかし、一定の類型の損害賠償請求に関しては、弁護士費用の一部を損害として計上することが認められています。具体的に言うと、不法行為に基づく損害賠償請求や、安全配慮義務に基づく損害賠償請求では、弁護士費用のうち損害額の10%程度の金額を損害として計上することが認められています(最一小判昭44.2.27最高裁判所民事判例集23-2-441、最二小判平24.2.24最高裁判所裁判集民事240-111参照)。

 また、これを超えて、弁護士費用実額を損害として認めた事例も少数ながら存在します。例えば、大阪地判平29.8.30判例タイムズ1445-202は、インターネット上の名誉毀損が関係する不法行為事案において、発信者情報の開示に要した弁護士費用実額の損害賠償請求を認めています。

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、公務員との関係で、違法な懲戒処分の取消請求に要した弁護士費用実額の損害賠償請求が認められた裁判例が掲載されていました。京都地判令5.4.27労働判例ジャーナル141-30 京都市事件です。

2.京都市事件

 本件で被告になったのは、京都市です。

 原告になったのは、京都市児童相談所において主任として勤務していた方です。京都市長から停職3日の懲戒処分(本件懲戒処分)を受け、その取消を求める訴訟を提起しました(別訴)。この別件訴訟で勝訴し、本件懲戒処分は取り消されたところ、

京都市から本件懲戒処分を受けたこと、

本件懲戒処分の後に3回に渡る配転命令を受けたこと、

別訴判決が確定したにもかかわらず、京都市長から厳重文書訓戒処分を受けたこと、

本件訴訟で和解が成立しようとしていた時に、京都市会が別訴判決の認定に反する付帯決議を行ったこと、

がいずれも違法であるとして、損害賠償を請求したのが本件です。

 損害の内容は慰謝料と弁護士費用ですが、本件の原告は、

「原告は、本件懲戒処分を取り消すために別訴を提起し、別訴判決を確定させるまでの間に、原告訴訟代理人弁護士ら(以下『原告代理人』という。)に対し、着手金及び報酬並びにこれに対する消費税として、162万8800円を支払った。同金額は、(旧)日本弁護士連合会報酬等基準に従って計算した金額の半額程度であり、相当な報酬額である。被告は、過去にも取消訴訟で違法な懲戒処分が取り消された際には、当該訴訟に要した費用を賠償していることから、行政の公平性に照らせば、原告が実際に支出した弁護士費用の満額が認められなければならない。」

と主張し、別訴で支出した弁護士費用実額の賠償を求めました。

 これに対し、裁判所は、本件懲戒処分の国家賠償法上の違法性を認めたうえ、次のとおり述べて、別訴に要した弁護士費用実額の全てを損害として認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成28年1月14日、原告代理人との間で、人事委員会に対する審査請求手続を委任する契約を締結した。原告は、同日、原告代理人に対し、同委任契約に基づき、着手金20万円及び消費税1万6000円を支払った・・・。」

「原告は、平成28年6月30日、原告代理人との間で別訴の処理を委任する契約を締結した。原告は、同年7月1日、原告代理人に対し、同委任契約に基づき、着手金10万円及び消費税8000円を支払った・・・。」

「原告は、令和元年9月6日、原告代理人との間で別訴の控訴審の処理を委任する契約を締結した。原告は、同日、原告代理人に対し、同委任契約に基づき、着手金21万円及び消費税1万6800円を支払った・・・。」

「原告は、令和3年2月22日、別訴の弁護士報酬として、原告代理人に対し、消費税込みで107万8000円を支払った・・・。」

「原告が、別訴に関連して原告代理人に支払った弁護士費用は、・・・合計162万8800円である。」

「(旧)日本弁護士連合会報酬等基準によれば、別訴の経済的利益は800万円である。同基準によれば、審査請求並びに別訴の第一審、控訴審及び上告審の各着手金は、その経済的利益の5%に9万円を足したものに消費税(当時8%)を加えたものであるから、各52万9200円となり、報酬金は、その経済的利益の10%に18万円を足したものに消費税(10%)を加えたものであるから、107万8000円となり、各着手金及び報酬金の合計額は、319万4800円である・・・。」

(中略)

本件においては、違法な本件懲戒処分が行われなければ、原告が原告代理人に委任して別訴を提起し、弁護士報酬に相当する金員を支出する必要はなかったといえるから、原告が支出した別訴の弁護士報酬は、本件懲戒処分により生じた損害であるというべきである。

そして、原告が別訴において原告代理人に支払った弁護士報酬額は合計162万8800円であるところ・・・、同金額は、現在も弁護士報酬の基準として参照されている(旧)日本弁護士連合会報酬等基準に基づいて算定した金額である319万4800円・・・の半額程度であり、相当な額であると認められるから、その全額が違法な本件懲戒処分と相当因果関係のある損害であると認められる。

3.民間レベルで低額の弁護士費用を損害として計上した裁判例はあったが・・・

 民間における譴責や戒告の効力を争う訴訟で、慰謝料請求を否定しつつも、弁護士費用の一部を損害として認めた裁判例はありました(秋田地判昭58.6.27労働判例415-51横手統制電話中継所事件、東京地判昭60.12.23労働判例466-46電電公社関東電気通信局事件等参照)。

戒告・譴責の無効を理由とする損害賠償請求の特殊性-実損ゼロでも弁護士費用を請求できる可能性がある - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、懲戒処分の効力を否定するために必要な弁護士費用実額の全てを損害として認定した裁判例は、私の知る限りありません。

 国や自治体相手の訴訟は、難易度が高いうえ、かなりの労力を要するのが普通です。そのため、弁護士費用も高額になる傾向があります。反面、懲戒処分の効力を取消したところで得られる金額は左程でもないことが多く、弁護士費用の負担は、懲戒処分の効力を法的に争うことを困難にする要因の一つとされていました。

 本件の裁判所は、懲戒処分の取消訴訟に要した弁護士費用実額の全てを損害として認めました。これは違法な懲戒処分の効力を争う方にのしかかってくる経済的な負担を軽減するもので、極めて画期的な判断だといえます。