弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

使用者(行政)による懲戒記者会見の違法性

1.提訴記者会見に対して消極的な裁判所

 ジャパンビジネスラボ事件控訴審判決(東京高判令元.11.28労働判例1215-5)、三菱UFJモルガン・スタンレー事件(東京地判令2.4.3労働判例ジャーナル103-84)と、近時、提訴記者会見に対し、消極的な評価を下す裁判例が目立つようになっています。

提訴記者会見に厳しい時代の到来か - 弁護士 師子角允彬のブログ

 上述の例からも分かるとおり、裁判所は、労働者側の記者会見に対し、必ずしも寛容ではありません。

 それでは、使用者側の記者会見についてはどうでしょうか。私の観測の範囲内では、使用者側が係争中の労使紛争について記者会見をすることは、必ずしも多くはありません。理由は幾つかあるとは思いますが、① 紛争の先鋭化を防ぐ、② 判官贔屓の世論を見据えて労働者側を虐めているかのような印象を与えることを防ぐ、③ 主張の変遷を指摘されることを防ぐ、④ 名誉毀損として追撃を受け更にダメージが拡大するリスクを防ぐなどの目的のもと、経済合理的な訴訟戦略に徹している例が少なくないからではないかと思います。

 しかし、公務員の場合、使用者に相当する行政は、非違行為を犯した職員に懲戒処分を行ったことを、記者会見をしてまで積極的に広報することがあります。

 こうした行政による記者会見の適法性は、裁判所から、どのように評価されているのでしょうか。

 一昨日、昨日とご紹介している、福井地判令2.10.7労働判例ジャーナル107-26 公立小浜病院組合事件は、行政が行った懲戒記者会見に違法性が認められるか否かが争点となった事案でもあります。

2.公立小浜病院組合事件

 本件で被告になったのは、病院を経営する組合(地方公共団体の一種)です。

 原告になったのは、本件病院で内科診療部長として勤務していた地方公務員(医師)の方です。

 被告組合は、同じ病院に勤務する女性看護師に対し繰り返しメールを送付する等の「つきまとい行為」があったとして、原告に停職3か月の懲戒処分を下しました。

 それだけに留まらず、被告組合は、記者会見(本件記者会見)を開き、原告に懲戒処分を行ったことを、積極的に広報しました。

 こうした措置を受け、原告の方は、懲戒処分の取消を求めるとともに、本件記者会見を行ったことは名誉毀損であるとして、慰謝料等の支払いを求める国家賠償を請求しました。

 国家賠償請求に係る原告の主張は、次のとおりです。

(原告の主張)

「処分行政庁は、本件看護師からの聞き取り調査やメールの精査を行わなければ懲戒処分に該当する事実を明らかにできないことを認識しながら、故意又は過失により、当該調査等を行わないまま事実誤認に基づく本件懲戒処分を行った違法がある。」

「本件懲戒処分は間違ってなされたものであるにもかかわらず、本件病院病院長は、本件記者会見を行った。これにより、原告の名誉が毀損され、原告は精神的損害を受けた。このような本件記者会見は違法であり、これを行うこと自体に故意又は過失がある。」

 これに対し、裁判所は、「つきまとい行為」の事実を認め、停職3か月の懲戒処分に違法性はないと判断したうえ、次のとおり述べて、国家賠償請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件懲戒処分は適法であるから、本件懲戒処分に国家賠償法上の違法性も認められない。」

「また、本件記者会見も、上記のとおり適法な本件懲戒処分の存在を明らかにする客観的事実を述べたに過ぎないことや原告の地位や職責、本件懲戒処分の懲戒事由の内容からすれば、これに国家賠償法上の違法性があるとは認められない。」

「よって、その余の争点を検討するまでもなく、本件懲戒処分及び本件記者会見を理由とする原告の国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求にはいずれも理由がない。」

3.そんなに簡単に適法性を認めていいのか?

 名誉毀損行為は、① 摘示した内容が公共の利害に関する事実であること、② 事実の摘示が専ら公益を図る目的であること、③ 摘示した事実に真実性(真実相当性)の証明があることの三要件のもとで正当化されます。

 正当な広報活動であるといえるためには、指摘した事実が真実であれば足りるというわけではなく、それが、① 公共の利害に関する事実であること、② 専ら公益を図る目的で摘示されていることまで必要になります。

 公務員の非違行為は、公共の利害に関する事実ではあるかもしれません。しかし、外部から非違行為の揉み消しの疑義を指摘された場合などであればともかく、懲戒制度が適切に機能している局面において、これを積極的に公表することに、制裁目的を超えた公益目的が認められるのかは、やや疑問であるように思われます。

 また、労働者側の提訴記者会見の正当性が厳しく吟味される傾向にあることと比較して、これほど簡単な判示で、その適法性に問題がないと判断されることにも、ややバランスを失している感が否めません。