弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

戒告・譴責の無効を理由とする損害賠償請求の特殊性-実損ゼロでも弁護士費用を請求できる可能性がある

1.戒告・譴責の特殊性

 戒告・譴責といった軽微な懲戒処分の効力を争うことは、経済的な利益の割に難易度の高い事件類型の一つです。

 主な理由は、紛争形態の特殊性にあります。

 解雇・出勤停止・減給の効力を争う場合、賃金支払請求訴訟の形態をとるため、懲戒処分としての効力が否定されれば、それだけで勝訴することができます。

 しかし、戒告・譴責は、賃金の逸失とは結び付いていないため、賃金支払請求訴訟の形態をとることはできません。また、戒告・譴責が無効であることの確認を求める訴訟を提起しても、訴えの利益がないとして、不適法却下する裁判例が少なくありません。そのため、戒告・譴責の効力を争う場合、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)請求訴訟という形態をとらざるを得ません。

 戒告・譴責の処分の効力を問題とする慰謝料請求訴訟で勝ち切るには、三つのハードルを乗り越える必要があります。

 一つ目は、処分の効力の問題です。

 多くの事案で、戒告・譴責は、具体的な不利益とは結び付いてない軽微な懲戒処分として位置づけられています。軽微な懲戒処分は、軽微な非違行為によっても、その合理性・相当性が基礎づけられてしまうため、戒告・譴責が無効であることを論証することは決して容易ではありません。

 二つ目は、故意・過失の問題です。

 不法行為に基づいて損害賠償請求を行うためには、違法な加害行為がなされていることだけを立証すれば足りるわけではありません。違法な加害行為が、加害者の故意・過失に基づいていることまで立証する必要があります。例え、法的に効力のない戒告・譴責処分が行われたとしても、使用者として一般に果たすべき注意義務が履行されている場合、過失が認められないため、損害賠償請求は棄却されてしまいます。

 三つ目は、損害の問題です。

 違法な懲戒処分が行われたことを問題にして慰謝料を請求しても、裁判所は、しばしば、

「懲戒処分の効力が否定されれば、精神的な苦痛は自動的に慰謝される。」

という論理で請求を棄却します。解雇・出勤停止・減給といった懲戒処分を争う場合、慰謝料請求が棄却されても、処分の効力が否定されれば、賃金の支払に係る請求は認められます。しかし、賃金の逸失が伴わないため、戒告・譴責処分の無効を理由とする慰謝料請求訴訟では、賃金支払請求が併合されることはありません。結果、上述の論理が認められてしまった場合、損害の不発生を理由として、慰謝料請求が一円も認められない事態も生じ得ることになります。

2.慰謝料は認められなくても、弁護士費用の賠償請求が認められることがある

 不法行為に基づく損害賠償請求が認められる場合、一般論として、実損額(精神的損害を含む)の10%程度の弁護士費用を、加害行為と相当因果関係のある損害として計上することが認められています。

 しかし、戒告・譴責の無効を理由とする慰謝料請求の場面では、このルールに一定の修正を加える裁判例があります。

 例えば、秋田地判昭58.6.27労働判例415-51横手統制電話中継所事件は、戒告処分の無効確認請求と、慰謝料・弁護士費用の損害賠償請求が併合された事案において、

原告が、本件戒告処分により或程度の精神的苦痛を被ったことを認めることができる。しかし、戒告処分が、被告公社の懲戒処分のうちで、最も軽い処分である(公社法三三条、公社就業規則六〇条参照)ことに鑑みると、右精神的苦痛は、本件訴訟において、本件戒告処分の違法、無効であることが確認されることによって、慰謝され得る程度のものと認められ、逆に原告の精神的苦痛がそれを 廻るものであることを窺わせるだけの証拠はない。

「・・・原告は、本件戎告処分により前記のとおり精神的苦痛を被ったほか、昭和五四年四月一日に行なわれる定期昇給において、昇給標準説の四分の一を減じられたり(公社就業規則七六条四項参照)、あるいは、特別昇給の査定上、右処分の存することを不利益に考慮されたりするおそれがあったため、これら不利益を免れ、自己の権利を擁護するためには、本件訴訟の提起がやむを得ないものであったこと、訴訟の提起、追行には、一般的に高度の専門的法律知識と訴訟技術を必要とするうえ、本件にあっては難しい法律問題があったため、法律専門家である弁護士に頼らざるを得なかったこと、そして原告は、本件訴訟の提起と追行を弁護士高橋耕及び同鈴木宏一に委任したことなどが認められる。右事実に徴すると、本件訴訟に要した弁護士費用のうち、事案の難易、審理の期間、請求額、認容額等諸般事情を斟酌して、相当と認められる範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係にある損害というべきところ、本件の場合は、金二〇万円をもって被告に負相させるべき弁護 費用の相当額と認めることができる。

と慰謝料請求を否定しつつも、一部弁護士費用の損害賠償請求を認めました。

 また、東京地判昭60.12.23労働判例466-46電電公社関東電気通信局事件も、戒告処分の無効確認請求と、慰謝料・弁護士費用の損害賠償請求が併合された事案において、

「被告公社には前記のように違法無効な懲戒処分をするにつき少なくとも過失があつたということができるから、被告公社は、この違法行為により原告aが被つた損害を賠償すべき義務がある。そして、本件における諸般の事情を総合すれば、本件懲戒処分によつて同原告が受けたであろう精神的苦痛は、本件訴訟において本件懲戒処分の違法、無効が確認されることによつて慰謝され得る程度のものと認められ、同原告がそれ以上の精神的苦痛を受けたとの事情を認めるには足りないが、弁護士費用については、金一〇万円をもつて被告公社の違法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

と慰謝料請求を否定しつつも、一部弁護士費用の損害賠償請求を認める判断をしています。

3.いずれも時季変更権の不適切な行使が前提となっている事案ではあるが・・・

 横手統制電話中継所事も電電公社関東電気通信局事件も、有給休暇の取得に際しての時季変更権行使の違法性が、無断欠勤を理由とする戒告の効力を否定する理由になっています。権利侵害性(有給休暇権)が明白であるという点で、非違行為かそうでないかが微妙な状況下で、かろうじて戒告・譴責の効力が否定された事案とは、性質が異なっています。また、いずれも昭和後期の古い裁判例であり、現在でも先例としての効力を持っているのかは不分明です。

 元々、ハードルが高いうえ、慰謝料の金額も伸びにくい事件類型であることから、戒告や譴責は、法的に問題があったとしても、司法的な紛争解決の俎上には乗りにくい傾向がありました。そのような状況のもと、慰謝料請求を否定しながらも、一部弁護士費用の損害賠償を認めた事案があることは、多少なりとも労働者の権利行使を容易にする裁判例として、銘記しておいて良いことだと思います。