弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

内部通報や苦情相談を虚偽通報扱いされる問題について

1.内部通報や苦情相談に対する報復

 公益通報をしたことや、ハラスメントに関する苦情相談をしたことを理由に、解雇その他不利益な取扱いをすることは、法律で禁止されています(公益通報者保護法3条、5条、男女雇用機会均等法11条2項、11条の3第2項、労働施策総合推進法30条の2第2項等参照)。

 しかし、法律相談をしていると、法の趣旨が適切に理解されていないのではないかと思わざるを得ない事案を目にすることが少なくありません。より具体的に言うと、単に加害者とされた人などが否認しているというだけで、故意に虚偽の通報・苦情申立をしたものと決めつけられ、懲戒処分や解雇・雇止めなどの不利益な取扱いを受けている方が相当数います。これは、組織内部での力関係的に、告発する側よりもされる側の方が強い場合が多いからではないかと思われます。

 もとより私企業の調査には限界があるため、相手方と供述が対立していて、通報・苦情申立に係る事実を認定できない場合があることは否定しません。しかし、そのことと通報者・苦情申立者が故意に虚偽の通報・苦情申立を行ったのかは別の問題です。それなのに、通報・苦情申立に係る事実が認定できないというだけで、故意に虚偽の通報・苦情申立を行ったと決めつけられ、不利益な取扱いを受ける方を見るにつけ、何とかならないものかと思っていました。

 以上のような問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、安易に虚偽の通報・苦情申立をしたと決めつけられ不利益を科された人の救済に役立ちそうな裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した東京地判令2.11.12労働判例1238-30 学校法人國士舘ほか(戒告処分等)事件です。

2.学校法人國士舘ほか(戒告処分等)事件

 本件で被告になったのは、国士舘大学等を設置・運営する学校法人らです。

 原告になったのは、被告法人から雇用されて、大学教授を務めていた方2名です。他の2名の教授とともに、A教員が二重投稿、二重掲載を行ったことなどについて、被告法人理事長と監査室長に対して公益通報を行ったところ、通報内容に虚偽があるとして戒告処分を受けました。これに対し、通報内容に虚偽はないとして、戒告処分の無効確認や損害賠償を求め、被告法人らを訴えたのが本件です。

 被告法人は、原告らが、公益通報の中で、

(1)平成22年2月当時、A教員が自身の二重投稿を認めた

(2)平成27年4月に行われた原告X1と被告Y2の面前で、被告Y2が、A教員による二重投稿について「処分してもよい」と述べた

(3)平成28年3月16日に行われた原告X1と被告Y2との面談で、原告X1が公益通報について言及したところ、被告Y2から、特に指示されることがなかった

と報告ないし記載したことが虚偽であったと主張しました。

 しかし、被告法人が(1)~(3)を虚偽であったと認定した根拠は、A教員からの事情聴取や被告Y2の業務日誌に基づく記憶でしかありませんでした。

 裁判所は、(1)~(3)のいずれも虚偽ではなく真実であったと認めたうえ、次のとおり述べて、上述のような薄弱な根拠に基づいて行われた戒告処分は不法行為を構成するとし、被告法人に対し、原告らに各60万円(慰謝料50万円 弁護士費用10万円)を支払うよう命じました。

(裁判所の判断)

「被告法人は、本件出来事(1)の真実性を検討するについて、本件公益通報書に添付されたA教員の業績(本件冊子)に二重投稿が存在するか、すなわち、指摘されたA教員の論文が先行論文と本質的に同一のものといえるかといった、本件出来事(1)の真実性に関わる重要な事実について、検討することはなかった・・・。そして、『原告らは、A教員に対する教授昇格の約束を反故にした上、A教員の業績のディスカウントをした。』旨主張して原告らと敵対する姿勢をとっていたA教員が作成した書面(A告発書及びA経緯書)や事情聴取の結果などに依拠して、原告らの説明を排斥し、本件出来事(1)を虚偽であると判断したものである・・・。」

「被告法人は、本件出来事(2)(3)についても、被告Y2に確認をした時点では、本件出来事(2)は約2年8箇月前の出来事、本件出来事(3)は約1年9箇月前の出来事であったのに、被告Y2の業務日誌などに基づく記憶に依拠して、原告らの説明を排斥し・・・、虚偽であると判断したものである。」

これらに鑑みると、被告法人が、原告らに本件各処分の懲戒事由があるとした判断は、調査不十分というにとどまらず、中立性、公平性にも疑問があり、本件各処分は違法であると認められる。

(中略)

本件各処分は違法であり、これにより原告らは精神的苦痛を受けたと認められるところ、被告法人には、十分な調査をせず、懲戒事由を認定し本件各処分を行ったことにつき、少なくとも過失が認められる。以上から、本件各処分について、被告法人には不法行為が成立する。

「前記・・・で判示したとおり、本件各処分は、利害が対立する者の供述などから短絡的に懲戒事由を認定し、被告法人が定めた懲戒手続に反する公平性を損なう手続により行われたものである。本件各処分により、最高学府の研究者としての名誉感情を害され、名誉教授の称号授与における不利益を懸念する原告らの苦痛は、軽くない。したがって、本件各処分が懲戒処分のうち最も軽い戒告にとどまることを考慮しても、その慰謝料は、原告ら各自につき50万円とするのが相当である。」

「原告らの支出した弁護士費用のうち、不法行為と因果関係があるものは各10万円であると認める。」

3.通報内容の真実性が認定された事案ではあるが・・・

 本件では通報内容の真実性が認定されています。そのため、調査の杜撰さを指摘し易い事案であったことは確かだと思います。

 ただ、その点を考慮したとしても、対象者から事情聴取しただけで通報内容を虚偽と決めつけたことについて、

「利害が対立する者の供述などから短絡的に懲戒事由を認定し」

と消極的な評価を与えていることは注目に値します。

 内部通報の被告発者やハラスメントの加害者からの聞き取りのみに基づいて通報者・苦情申立者の通報や相談を虚偽扱いすることが「短絡的」であることは、理論的には通報内容や苦情内容に添う事実が認定できるかどうかとは関係がありません。裁判所の判示事項は、被告発者や加害者が否認したからというだけで通報内容や苦情内容を虚偽扱いすることへの控制手段として機能する可能性があります。

 パワハラに関する苦情処理体制の整備が法制化されたこともあり、通報内容・苦情内容を虚偽扱いされるという事案は、今後増加することが予想されます。そうした事案に対処するため、本裁判例は記憶に留めておく価値のある事案だと思われます。