弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一義的に明らかでない用語の解釈を前提に懲戒処分を科することは許されない

1.懲戒処分と罪刑法定主義類似の諸原則

 罪刑法定主義とは、

「ある行為を犯罪として処罰するためには、立法府が制定する法令において、犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される刑罰を予め、明確に規定しておかなければならないとする原則」

をいいます。

罪刑法定主義とは何? わかりやすく解説 Weblio辞書

 この原則は、単に罪と刑を法律で定めておきさえすれば足りるというものではありません。法律で罪が定められていたとしても、漠然とした文言が使われていたり、どうとでも解釈可能な文言で罪が規定されていたりすれば、何をやったら罪に問われるのかが分からないのと大差ないからです。そのため、罪を定める法律は、明確なものでなければならないと理解されています。

 この罪刑法定主義の考え方は、使用者が労働者に懲戒処分を行う場面でも妥当します。例えば、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕557頁には、

「懲戒処分は制裁罰との性格をもち刑事処罰と類似性をもつため、罪刑法定主義類似の諸原則を満たすものでなければならないと解されている。」

「使用者が労働者を懲戒するには、予め就業規則において懲戒の種別と事由を定めておくことが必要である(懲戒の種別・事由の明定)。最高裁のフジ興産事件判決が、『就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する』と述べたのは、この罪刑法定主義類似の陽性あら、職場における『法律』に相当する『就業規則』に『刑と罪』にあたる『懲戒の種別と事由』を明示することを求めたものとも理解されうる。

と記述されています。

 しかし、一般的には上述のとおりであったとしても、実際の裁判例を分析してみると、曖昧・不明確な懲戒事由のもとで懲戒処分を受けている例が少なくありません。懲戒処分の場面で適用される罪刑法定主義「類似」の諸原則は、刑法の世界で用いられている罪刑法定主義からは大分緩和されています。

 こうした罪刑法定主義類似の諸原則の適用の在り方に問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、罪刑法定主義の考え方をかなり思い切って適用した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.2.10労働判例ジャーナル125-32学校法人國士舘事件です。

2.学校法人國士舘事件

 本件で被告になったのは、国士舘大学その他学校を運営する学校法人です。

 原告になったのは、国士舘大学経営学部、国士舘大学大学院経営学研究科で教授を務めていた方です。

 本件では多岐に渡る請求がなされていますが、その中に戒告処分が違法になされたことを理由とする損害賠償請求がありました。

 ここで問題となった戒告処分(本件戒告処分)は、

「本件熊本出張において、各焼酎酒造会社の所在地に赴き、建物外観の写真撮影を行ったものの、それらの会社を訪ねて、経営者、従業員等に対して面談を求め又は面談を行った事実は一切なく、調査研究概要書に記載した調査研究としての『訪問』を理由なく行わなかったにもかかわらず、それを行ったとする虚偽の事実を出張報告書に記載して提出したこと」

を対象行為とするものでした。

 原告の方は、

「熊本県人吉・球磨地方の焼酎産業の産業集積において、球磨焼酎酒造組合及び焼酎酒造会社を訪問し、焼酎産業の産業集積と酒造会社の企業戦略について、その実態と課題に関するフィールドワーク調査を行う」

として出張を申請し、

「人吉球磨地方の焼酎酒造会社(株式会社福田酒造、繊月酒造株式会社、松の泉酒造合資会社)を訪問し、立地条件、マーケティング戦略、企業戦略などの実態についての現地調査を行った。あわせて、焼酎販売会社(ふくだ酒販)の立地条件、マーケティング戦略などの実態についての現地調査を行った。今回の国内出張では、地元の図書館を利用して、球磨焼酎に関する資料収集もあわせて行った。」

との出張報告書を作成し、被告に提出しましたが、実際には「訪問」をしていないではないかというのが懲戒処分の趣旨になります。

 これに対し、原告の方は、人と面談していないこと自体は認めながらも、

「現地調査とは人との面談のみを意味しない。原告は、熊本県人吉球磨地方における焼酎産業の産業集積という研究テーマのために行う本件熊本出張においては、個別企業等のインタビューは不要と考えており、そのような意図で原告が用いた『訪問』とは、面談を含まない現地調査を指すものであり、その用法について一義的に誤りがあるとはいえない。仮に字義の解釈に誤りがあったとしても、見解の相違の域を超えず、原告が被告を偽る意図に出たものではない。」

などと主張し、本件戒告処分の効力を争いました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、本件戒告処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件戒告処分について、原告が本件熊本出張における調査の目的、内容方法として示した『(焼酎酒造会社への)訪問』は、少なくとも対象企業の関係者と面談することを要し、単に建物の外観を写真撮影する行為は『訪問』とはいえないとして、原告がかかる面談等を行なわなかったにもかかわらず『訪問』を行った旨の出張報告書を提出した行為が教員規則2条1号、3号に違反し、教員規則20条所定の懲戒事由に該当する旨を主張する。」

「しかし、『訪問』の語は、『(訪問先の)関係者と面談すること』を伴うものであることが一義的に明らかであるとまではいえない。懲戒処分は制裁罰としての性質を有し、とりわけ大学教授(当時)である原告が行った研究活動に関して、その使用者であり当該大学を運営する学校法人である被告が懲戒処分を科すことは、原告の学問の自由(憲法23条)に対する侵害となり得るものであるから、被告による懲戒権の行使は慎重になされるべきであって、上記のとおり一義的に明らかでない用語の解釈を前提に懲戒処分を科すことは許されないというべきである。

「したがって、本件戒告処分は、客観的に合理的な理由を欠くものであり、被告が権利を濫用したものとして無効である(労働契約法15条)。」

「なお、後記のとおり、原告は、本件熊本出張において、原告が本件熊本出張の出張報告書に訪問先として記載した焼酎酒造会社(以下『本件各焼酎酒造会社』という。)の所在地へ赴かなかったものと認められ、事後的・客観的にみれば、いかなる意味においても上記『訪問』を行わなかったものというべきである。しかし、懲戒処分の有効性は当該処分当時使用者が認識していた事実を基礎として判断すべきであり、被告は本件戒告処分当時原告が本件熊本出張において本件各焼酎酒造会社の所在地へ赴かなかった事実を認識していなかった以上、かかる事実を本件戒告処分の有効性の判断に当たり考慮することはできない。」

3.多義的な用語を都合よく解釈した懲戒処分は多い

 就業規則の作成や変更には立法過程にみられるような厳密さはありません。法専門家による関与のないまま、法的知見に乏しい使用者が、専門的な検討を経ることなく、どうとでも解釈可能な文言で懲戒事由を規定していることも残念ながら少なくありません。

 従来の裁判例の傾向としては、懲戒事由の定め方が多義的なものであったとしても、これが問題視されることは、あまりありませんでした。

 そうした中、裁判所が、

「一義的に明らかでない用語の解釈を前提に懲戒処分を科すことは許されない」

とかなり踏み込んだ判断を示したことは、画期的なことで注目に値します。

 本件は懲戒事由を構成する事実の認定に多義的な言葉が用いられた事案ではありますが、その趣旨は懲戒事由を定める条文の文言にも及ぶのではないかと思われます。

 懲戒処分の効力を争うにあたり、この裁判例を活用できる事例は多く、今後の裁判例の積み重ねが期待されます。