1.雇止めに関するルール(二段階審査)
雇止めの可否がテーマになる事案で、労働局の斡旋手続を運営したり、法律相談を受けたりしていると、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない限り雇止めは認められないと思い込んでいる人を、相当数見かけます。
しかし、これは誤解です。雇止めの可否は、
労働契約法19条各号への該当性(期限の定めのない契約と同視できる状態になっている場合・契約の更新に向けた期待に合理的な理由がある場合)、
客観的合理的理由・社会通念上の相当性、
という二段階で審査されます。
言い換えると、有期労働契約は、その理由が何であろうが、期間の満了により終了するのが原則です。
しかし、更新手続が形骸化していて期限の定めのない契約と同視できる状態になっている場合や、契約の更新に向けた気合に合理的な理由がある場合は違います。こうした場合に、労働者の意に反して契約の更新を拒絶するには、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が必要になります。客観的合理的理由・社会通念上の相当性の審査の議論に持ち込むためには、前提として各号該当性が論証できなければなりません。
期限の定めのない契約と同視できる状態になっているとの主張は、容易には認められません。そのため、各号該当性に関しては、しばしば契約の更新に向けた期待に合理的な理由があると認められるか否かで争われています。
この「合理的な理由」があると認められるか否かを検討するうえで、よく問題になるのが「更新する場合があり得る。」という記載の取り扱いです。
労働基準法15条は、労働契約の締結に際し、使用者に、労働者に対して、労働条件を明示することを義務付けています。これを受けて、厚生労働省では、労働条件通知書の参考書式を作成しています。
この書式に、
自動的に更新する・更新する場合があり得る・契約の更新はしない
という不動文字が印刷されており、有期労働契約を締結しようとする使用者は、いずれかを選択して、労働者に提示することになっています。
「自動的に更新する」が合理的期待を生じさせ易く、「契約の更新はしない」が合理的期待を生じさせにくいことは比較的単純なのですが、「更新する場合があり得る」とされていた場合、合理的期待の有無は、どのように判断されるのでしょうか?
この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。和歌山地判令2.12.4労働判例ジャーナル109-40 学校法人南陵学園事件です。
2.学校法人南陵学園事件
本件で被告になったのは、
菊川南陵高等学校(菊川校)
和歌山南陵高等学校(本件高校 平成28年4月1日開校)
を開設する学校法人です。
原告になったのは、被告との間で、期間を平成28年3月31日までとする有期雇用契約を締結し、平成27年7月21日以降、本件高校の開学準備作業に携わっていた方です。
原告と被告との間で交わされた雇用契約の内容は、次のとおりとされていました。
(ア)雇用期間 平成27年7月21日から平成28年3月31日まで
(イ)契約更新の有無 更新する場合があり得る
(ウ)契約の更新は、次のいずれかにより判断する
a 契約期間満了時の業務量
b 労働者の勤務成績、態度
c 職務遂行能力
d 従事している業務の進捗状況
e 職員・生徒等とのコミュニケーション能力
(エ)就業場所 和歌山南陵高等学校(本件高校)
(オ)業務内容 常勤講師
(カ)具体的業務内容 地歴公民・硬式野球部部長
(キ)始業就業の時刻、休憩時間
午前8時から午後5時まで(所定労働時間8時間、休憩時間1時間)
(ク)賃金
a 基本給 月給22万円
b 諸手当
(以下略)
この契約に基づいて働いていたものの、原告の方は、一回も更新されないまま、平成28年3月31日付けで雇止めを受けてしまいました。これに対し、雇止めの無効を主張し、地位確認等を求めて被告法人を提訴したのが本件です。
本件では、原告の方の契約の更新に向けた期待に合理的な理由があると認められるか否かが争点の一つになりました。
裁判所は、次のとおり述べて、合理的な理由を認めました。
(裁判所の判断)
「原告は、開校後に本件高校の野球部の総監督となる予定であったP6総監督から同校の野球部部長となることを打診され、P2学園長からもP6総監督の推薦を理由に勤務を依頼された上で、前職を辞して本件雇用契約を締結していること・・・、原告は、硬式野球部部長及び地歴公民の常勤講師を具体的な業務内容として本件雇用契約を締結していること・・・、同契約において契約の更新を行う場合の考慮要素が定められていたこと・・・に照らすと、原告及び被告は、原告が本件高校の開校準備業務のみに従事するものではなく、本件雇用契約の期間満了後に本件高校が開校したときには、上記考慮要素を踏まえた判断を経た上ではあるものの、本件雇用契約を更新し、原告が野球部の部長として野球部に所属する生徒の指導を行うとともに地歴公民の授業を担当することを予定していたというべきである。」
「そうすると、本件雇用契約に関する雇用契約書では、契約更新の有無について『自動的に更新する』、『更新する場合があり得る』及び『契約の更新はしない』の選択肢から『更新する場合があり得る』が選択されていた・・・とはいえ、本件高校が予定どおり開校される限り、本件雇用契約に関し、期間満了時である平成28年3月31日における更新は締結時から予定されていたものというべきであり、そのことについて原告には合理的な期待があったと認められる。」
3.契約更新を行う場合の考慮要素
上述のとおり、裁判所は、
前職を辞めていること
業務内容
契約の更新を行う場合の考慮要素が定められていたこと
の三点を挙げ、契約更新に向けた期待に合理的な理由があると判示しました。
このうち最も特徴的だと思ったのは「契約の更新を行う場合の考慮要素が定められていたこと」の認定・評価です。厚生労働省が用意している書式には、上記(ウ)a~eの事情は予め不動文字で書かれており、抹消しない限り契約の中に取り込まれる形になっています。ただ単に消さなかっただけで、考慮要素が契約内容に取り込まれ、合理的期待の根拠の一つになり得るのであれば、これはかなり画期的なことで、注目に値するように思われます。