弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

65歳を超える高齢者であっても、契約更新の合理的期待が認められるとされた例

1.雇止めと契約更新の合理的期待

 有期労働契約は、期間の満了により消滅するのが原則です。

 しかし、労働契約法19条は2号は、労働者において、

「有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(合理的期待が認められる)

場合、使用者が有期労働契約の更新の申込みを拒絶するためには、

「客観的に合理的な理由」

「社会通念上相当である」こと

が必要であると規定しています。

 客観的合理的理由や社会通念上の相当性が認められない場合、どうなるかというと、使用者が更新の申込みを拒絶できない結果、労働者の契約更新の申込により、従前と同じ内容の労働契約の締結が擬制されます。

 このようなルールのもと、有期労働契約者は、使用者による雇止めから保護されています。

 それでは、こうしたルールは、65歳を超えた高齢者にも、きちんと適用されるのでしょうか?

 確かに、年齢によって労働契約法19条の適用が排除されることはありません。

 しかし、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)の定年の引き上げや継続雇用制度などの高年齢者雇用確保措置が、

「その雇用する高年齢者の六十五歳までの安定した雇用を確保するため」

のものとして位置付けられるなど、現行法体系上、65歳を超える高齢者の雇用の安定性が、それ以下の年齢の労働者との比較において劣位におかれていることは否定できません。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、65歳を超える有期労働契約者の雇止めの可否を判断するにあたり、契約更新の合理的期待を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.5.26労働判例ジャーナル115-42 社会福祉事業団事件です。

2.社会福祉事業団事件

 本件で被告になったのは、更生施設の社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人です。

 原告になったのは、昭和25年生まれの看護師の方です。雇止めを受けた当時は、68歳でした。平成23年4月1日に開始された労働契約は、1年ずつ7回に渡り更新されましたが、満8年となる平成31年3月31日、被告から雇止めを受けてしまいました。これに対し、合理的期待があったにもかかわらず、違法な雇止めを受けて精神的苦痛を受けたとして、被告に対し、損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告は、雇用上限年齢を満65歳と設定したうえ、雇用上限年齢を超えて雇い入れる者について、次のゆなルールを設けていました。

(30条の3)

「1項 理事長は、職員が雇用継続上限年齢に達した場合において、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、その職員に係る雇用継続終了日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を引き続いて職務に従事させることができる。」

「1号 当該職務が高度の知識、経験を必要とするものであるため、その職員の雇用終了により事業団の運営に著しい支障が生ずるとき。」

「2号 当該職務に係る勤務環境その他の勤務条件に特殊性があるため、その職員の雇用終了による欠員を容易に補充することができないとき。」
「3号 当該職務を担当する者の交代がその業務の遂行上重大な障害となる特別の事情があるため、その職員の雇用終了により業務の運営に著しい障害が生ずるとき。」

 本件は、こうした規定を有する事業所における原告への雇止のの可否が問題になった事件です。この論点の中を検討する中で、裁判所は、次のとおり述べて、合理的期待を認めました。

(裁判所の判断)

「本件雇用契約の期間は8年間、契約更新の回数は7回に及んでおり、その間、原告は、法令上常時配置することが求められている看護師として業務に従事していたのであるから(前記前提事実(4)ウ及び前記認定事実(1))、継続的雇用への期待は高かったというべきであり、原告の本件雇用契約更新に対する期待には合理的理由があるというべきある。」

「被告は、本件規則3条の3第1項により、65歳を超える原告との雇用契約は、本件特例事由が存在する限りでのものであった旨主張しており、原告にも同項の規定が適用されることは前記2説示のとおりである。しかしながら、被告が原告に対して契約更新の際に交付していた労働条件通知書には、契約更新基準として、原告が65歳に達した以後も、『本件規則第5条による』とのみ記載され、本件特例事由が要求される旨の記載はないし、被告から本件特例事由に該当しないことを理由に雇止めをした事例に関する主張立証はないことからすると、被告において本件特例事由の該当性について厳格に判断する運用がなされていたとはいい難い。また、被告には、65歳以上の有期常勤職員が複数おり、その中には看護師も含まれていたことも踏まえると(前記認定事実(7)ア)、この点をもって、原告の契約更新に対する合理的期待を否定することはできないというべきである。

3.形骸化している規定があっても諦める必要はない

 高年齢者雇用安定法上のルールを及ぼす必要がないためか、65歳を超える方の雇用に関しては、不安定な形で位置付けられていることが少なくありません。

 しかし、きちんと運用されていない仕組みは、あったところで、それほどの意味はありません。厳格な運用がなされてないことを根拠に、年齢が高いからといって特別扱いされるべきではないという主張が成り立つ可能性は十分にあります。

 社会保障政策とも関連し、働く高齢者の数は、今後、増えて行くことが想定されています。雇止めをめぐる紛争も増加が見込まれますが、年齢が高いからといって必ずしも法の保護の枠外に置かれるわけではないことには、留意しておく必要があります。