弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の懲戒処分-2万円に満たない公務外窃盗で880万円以上の退職手当が全部不支給とされた例

1.退職手当の支給制限処分

 国家公務員退職手当法12条1項は、

退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは、当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。

「一 懲戒免職等処分を受けて退職をした者

と規定しています。

 そして、国家公務員退職手当法施行令17条1項は、上記「政令で定める事情」について、

「法第十二条第一項に規定する政令で定める事情は、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者の勤務の状況、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違に至つた経緯、当該非違後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響とする。

と規定しています。

 こうした法律の文言を見ると、懲戒免職処分を受けた場合でも、具体的な事情に応じて、比較的広く退職手当の一部が支給されていそうにも思われます。

 しかし、実体は、かならずしもそうではありません。

 懲戒免職処分を受けた公務員の退職手当の支給・不支給の判断は、実務上、

国家公務員退職手当法の運用方針 昭和60年4月30日 総人第261号 最終改正 令和元年9月5日閣人人第256号 

という文書に準拠して行われています。

内閣人事局|国家公務員制度|給与・退職手当

 これによると、懲戒免職処分を受けた公務員の退職手当は全部不支給になるのが原則で、一部支給が可能になる場面は、

「 停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合」(イ号類型)

「 懲戒免職等処分の理由となった非違が、正当な理由がない欠勤その他の行為により職場規律を乱したことのみである場合であって、特に参酌すべき情状のある場合」(ロ号類型)

「懲戒免職等処分の理由となった非違が過失(重過失を除く。)による場合であって、特に参酌すべき情状のある場合」(ハ号類型)

「過失(重過失を除く。)により禁錮以上の刑に処せられ、執行猶予を付された場合であって、特に参酌すべき情状のある場合」(二号類型)

の四類型に限定されています。そして、同様のルールは多くの地方公共団体でも採用されています。

 この「国家公務員退職手当法の運用方針」は行政上の解釈基準にすぎず、裁判所の判断を拘束するものではありません。

 しかし、退職手当の全部不支給処分の取消訴訟において「国家公務員退職手当法の運用方針」に従って全部不支給処分の適否を検討する裁判例は少なくありません。「国家公務員退職手当法の運用方針」は司法判断にも強い影響力を有しており、比較的軽微な非違行為であっても、「国家公務員退職手当法の運用方針」の原則通り、全部不支給処分が維持される例は多く見られます。

 近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪地判令3.6.30労働判例ジャーナル115-26 大阪府・府教委事件も、比較的軽微な非違行為でありながら、退職手当の全部不支給処分の効力が維持された事案の一つです。

2.大阪府・府教委事件

 本件は懲戒免職処分と退職手当全部不支給処分の取消訴訟です。

 原告になったのは、平成2年に採用されて以降、公立小学校の教諭として勤務していた方です。平成25年8月、パチンコ店で5円メダルを20円メダルにすり替えて取得しようとしていたところを見とがめられ、現行犯逮捕されました。

 原告が不正に持ち出して遊戯した20円メダルは約1050枚であり、被害総額は、

(20円-5円)×1050枚=1万5750円

とされています。

 事件後、原告は、被害填補に迷惑料を含めて5万円を支払い、本件会社から刑事処分を望まないという宥恕を受けることができました。刑事手続としては、起訴猶予処分となり、公訴提起されませんでした。

 しかし、処分行政庁は厳しい姿勢を崩さず、本件を理由に、原告は、懲戒免職処分(本件免職処分)と退職手当全部不支給処分(本件不支給処分)を受けました。不支給となった退職手当は887万8259円で、処分行政庁が認定した不支給理由は次のとおりです。

「今回の非違行為は、平成25年8月14日(水)、八尾市内のパチンコ店において、他店で入手したスロットの1枚5円のメダルを1枚20円のメダルにすり替えるなどにより、当該メダルを窃取したところを店員に見つかり、通報により駆け付けた警察官に窃盗の容疑で現行犯逮捕されたばかりか、その後の大阪府教育委員会が行った事情聴取等においても、当該事実のほか、同月10日(土)及び同月13日(火)にも同様の行為を行い、3日間で1枚20円のメダル約1、000枚を窃取したことを認めたものである。」

「また、当該教諭は、動機について『負けが続いており、何とかして取戻したかった。』と述べるなど、当該非違行為に至る経緯や動機には酌量すべき事情がまったくない。」

「また、非違行為の内容は、法令遵守について児童生徒に指導すべき教員が、自ら本件行為を繰り返していたことはあるまじき行為である。」

「さらには、職務外の行為であるが、当該教諭は逮捕され、新聞等で報道され、当該教諭の氏名が公表されたことにより、府民に与えた影響は計り知れず、学校教育に携わる教員の職の信用を著しく失墜させるものであり、公務に与える影響は非常に大きい。」

「以上のことを考慮すると、退職手当の一部を支給すべき理由は見当たらず、退職手当の全部を支給しない。」

 こうした事実関係のもと、裁判所は、懲戒免職処分の効力を維持したうえ、次のとおり述べて、本件不支給処分も適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件免職処分は有効なものと解されるところ、・・・本件退職手当条例12条1項において、退職手当管理機関は、懲戒免職処分を受けて退職した者に対し、退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができると定めている。この規定は、検討会報告書の内容を踏まえて行われた国家公務員退職手当法12条1項及び国家公務員退職手当法施行令17条の改正と同じ内容のものであり、また、運用方針についても、国家公務員の運用方針と同内容のものが定められている・・・。」

「しかるところ、本件退職手当条例の上記規定は、退職手当等の全部又は一部を支給しないこととするにつき、『当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者の勤務の状況、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違に至つた経緯、当該非違後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響』を勘案して、これを決するものと定め、広範な事情を総合して判断すべきものとしている。」

「かかる文言に照らすと、退職手当等の全部の支給制限をすべきか否か、その支給制限を一部にとどめるべきか、その程度等については、退職手当管理機関の広範な裁量に委ねられており、同機関がその裁量権の行使としてした処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とはならないというべきである。

「なお、公務員の退職手当が、上記のとおり複合的な性格を有するものであることを前提としても、勤続報償的な性格を基調とするものであると解するのが相当であることに加え、・・・本件退職手当条例の改正経緯に照らせば、運用方針を定め、これに従って全部不支給を原則とする運用をすることには一定の合理性があるというべきである。

そこで、このような観点から、本件不支給処分について、被告による裁量権の範囲の逸脱又は濫用の有無を検討する。

(中略)

「被告は、本件退職手当条例の運用方針を定めているところ(第2、1(3)エ)、同方針は、懲戒免職処分を受けて退職した者について、原則として、退職手当等の全部を支給しないこととし、一定の場合に限り、慎重な検討を行った上で、例外的に退職手当等の一部を支給しないこととしている。」

(中略)

「本件非違行為は、窃盗罪に該当するところ、本件懲戒処分条例において、その標準的な懲戒処分の種類は、停職又は免職であるとされていること及びこの定めについて合理性があるといい得ることは上記・・・で述べたとおりである。しかるところ、非違行為の内容が故意の犯罪である場合、上記アの一定の場合を定める運用方針二号のロ、ハ、ニのいずれにも当たらないことは明らかである・・・。」

「次いで、運用方針二号のイ(停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合)の該当性について検討するに、原告は、児童に対して模範を示し、その規範意識を涵養すべき立場にある小学校の教諭であるにもかかわらず、スロットによる遊戯によって失った損失を取り戻すという身勝手な動機により計画的に複数回にわたって窃盗罪を敢行しており、動機に酌むべき事情はなく、また、報道等もされたことと相まって原告の非違行為が公務なかんずく教育行政の信頼に対して及ぼした消極的影響はなお大きいと解されることは、・・・において述べたとおりである。そして、運用方針二号のイは、同号のロないしニと並列して規定されているところ、同号のロないしニは、非違行為の内容が職場規律を乱したことのみ(ロ)、あるいは過失によるもの(ハ、ニ)であって、いずれも特に参酌すべき情状のある場合としていることに照らすと、本件免職処分は、運用方針二号のイで定める『特に厳しい措置として』された場合ともいえない。」

「したがって、本件非違行為については、運用方針二号のイないしニのいずれにも当たらない。」

(中略)

「仮に、運用方針の定めを度外視し、かつ、原告が主張する事情、すなわち、退職手当の複合的な性質、原告の勤続期間、懲戒処分歴がないこと、退職手当等の金額その他本件に現れた一切の事情を十分勘案したとしても、原告の立場や非違行為の計画性、非違行為が公務に対する信頼に及ぼした影響等、上述した諸事情を踏まえると、懲戒権者たる処分行政庁が、退職手当等を全部不支給としたことについて、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したとまではいえない。」

(中略)

「以上によれば、退職手当等の全部を支給しないこととした本件不支給処分について、被告による裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるということはできない。」

「よって、原告の本件不支給処分の取消請求も理由がない。」

3.公務員にとって犯罪は全く割に合わない

 公金を窃取したり横領したりした公務員に対し、退職手当の全部不支給処分をするのはともかく、公務外にパチンコ屋で1万5750円を窃取しただけで、失職させるに留まらず、880万円を超える退職手当を全部不支給処分とするのは、やや行き過ぎではないかという感があります。

 それでも、裁判所は「国家公務員退職手当法の運用方針」の考え方に準拠し、原則通り退職手当は全部不支給になると判示しました。

 出来心であっても失うものが大きすぎるため、公務員の方は、公私に渡り、罪を犯さないよう、自制することが強く求められます。