弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

精神障害の業務起因性を判断するにあたり、最新の認定基準を参考にすると判示された例

1.改定される認定基準

 精神障害が労災になるかどうかの判断が確定するまでには、かなりの年月を要することがあります。労災申請⇒不支給処分⇒審査請求⇒再審査請求⇒訴訟第一審⇒訴訟第二審⇒最高裁といったような経過が辿られるからです。最高裁まで行くケースはそれほど多くはありませんが、審査請求、再審査請求、訴訟第一審は相当に重たい手続ですし、第二審にしても、控訴提起から判決までには何か月もかかります。

 このように手続が長期化すると、行政不服申立や訴訟の最中に労災の認定基準が変更されることがあります。労災の認定基準は、医学的知見を文書化したものであるため、医学的知見の進歩に合わせて定期的にアップデートされて行くからです。

 それでは、手続中に認定基準が改定された場合、業務起因性は何時の時点の基準に準拠して判断されるのでしょうか? 昨日ご紹介した、横浜地判令7.3.12労働判例ジャーナル162-48 国・平塚労基署長事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.国・平塚労基署長事件

 本件は労災の不支給決定に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、自殺した労働者Dの妻です。

 Dはトラック運送当を目的とする株式会社(本件会社)に入社し、自殺当時、配車業務に従事していた方です。F営業所内で自殺して死亡(平成30年1月23日)したことから、原告は処分行政庁に対して遺族補償年金や葬祭料の給付を請求しました。

 これに対し、不支給処分(本件処分)が下されたことから、審査請求⇒再審査請求を経て取消訴訟の提起に至りました。

 本件処分は平成23年認定基準に基づいて行われたものですが、その後、令和2年、令和5年に認定基準が改定されました。

 このような改定履歴のもと、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「認定基準は、裁判所の判断を直接拘束する性質のものではないが、その内容及び作成経緯等・・・に照らせば、相応の合理性を有するものというべきであるから、裁判所において精神障害の業務起因性を判断するに当たっても、これを参考とした上で業務起因性を検討するのが相当である。なお、本件処分は、平成23年認定基準に基づいてされたものであるが、その後に令和2年認定基準、令和5年認定基準がそれぞれ発出されたところ、これらの認定基準は、より新しい医学的知見に基づいて作成されたものであるから、以下においては、原則として、最新のものである令和5年認定基準を参考とする。

「ところで、業務と災害との間に相当因果関係(業務起因性)があることは、保険給付の要件であるから、その主張立証責任は、保険給付に係る不支給決定を争う原告にあると解される。そこで、以下では、原告の主張する各事実について検討することとする。」

3.認定基準は規範というより医学的知見(経験則)とみるべきなのだろう

 以上のとおり、裁判所は、平成23年認定基準に基づいて出された処分であったとしても、精神障害の業務起因性は令和5年認定基準(最新の基準)を参考にすると判示しました。

 認定基準は通達という法令に準じた形式を持っているため、法令であるかのように考えられがちです。法令であるとすると、事後法の禁止という原則との関係が問題になってきます。

 しかし、通達は行政内部での準則にすぎませんし、認定基準の内容は法規というよりも医学的経験則という捉え方の方が適切ではないかと思います。ある疾病が業務に起因しているかを医学的に判断するにあたり、最新の医学的知見を用いるというのは当たり前のことです。

 本件は業務起因性を判断するにあたっては最新の医学的知見に準拠すべきとの考え方を示した事案として、実務上参考になります。