弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

家事使用人に該当することを理由とする労災不支給処分の取消訴訟で処分行政庁が業務起因性の欠如を追加主張することは許されるのか

1.労働者災害補償保険法上の保険給付の不支給事由

 労働者災害補償保険法上の保険給付おを受給するためには、幾つかの要件が充足されている必要があります。

 疾病や負傷が業務に起因していることや(業務起因性)、労働基準法の家事使用人ではないことは(労働基準法116条2項、労働者災害補償保険法12条の8第2項参照)、そうした法律要件の一つです。

 それでは、家事使用人に該当するとして行われた労災の不支給処分に対し、取消訴訟の段階で処分行政庁が新たに業務起因性がないと主張を追加することは許されるのでしょうか? 昨日ご紹介した東京地判令4.9.24労働判例ジャーナル129-1 国・渋谷労基署長(介護ヘルパー)事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.国・渋谷労基署長(介護ヘルパー)事件

 本件で原告になったのは、急性心筋梗塞又は心停止(本件疾病)で死亡した労働者亡Eの配偶者です。亡Eは、会社(本件会社)から紹介や斡旋を受けて、個人宅や障害者施設等で家政婦として勤務していました。また、本件会社との間で労働契約を締結し、非常勤の訪問介護ヘルパーとしても働いていました。

 亡Eは本件会社から紹介を受けて、F宅で家政婦として家事及び介護を行う業務(本件家事業務)に従事するとともに、訪問介護ヘルパーとして訪問介護サービスを提供する業務(本件介護業務)を行いました。業務開始後ほどなくして亡Eが本件疾病で死亡したことを受け、原告の方は、労働者災害補償保険法に基づく遺族給付及び葬祭料を請求しました。

 しかし、処分行政庁(渋谷労働基準監督署長)は、亡Eが家事使用人として介護及び家事の仕事に従事していたことを理由に、各保険給付を不支給とする処分を行いました。これに対し、原告が各不支給処分(本件各処分)の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 当初、本件の処分行政庁側は家事使用人に該当することを指摘していました。しかし、取消訴訟の係属中、処分行政庁側は、家事使用人であることに加え、業務起因性がないことを主張しました。

 原告は処分理由の追加は許されないと主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、追加を認めました。

(裁判所の判断)

「(1)処分理由の差替えの当否に関する判断枠組みについて」
「 取消訴訟の訴訟物は処分の違法一般であるところ、行政事件訴訟法は取消訴訟における行政庁の主張の制限について特段の規定を置いていない。したがって、取消訴訟においては、別異に解すべき特別の理由のない限り、原則として、被告(行政庁)は、取消しを訴求されている処分の適法性を維持ないし基礎付けるため、処分時の認定事実や根拠法規の解釈適用にとらわれることなく、訴訟物の範囲で客観的に存在した一切の法律上及び事実上の根拠を主張することが許されるものと解すべきである(最高裁昭和51年(行ツ)第113号同53年9月19日第三小法廷判決・裁判集民事125号69頁参照)。しかして、上記のように処分理由の差替え(処分理由の追加を含む。以下同じ。)は、訴訟物である当該処分の範囲内で許されるのであって、処分理由の差替えにより処分の同一性が失われることとなる場合は、当該訴訟物とは無関係の処分理由により当該処分の適法性を基礎付けようとするものにほかならないから、そのような処分理由の差替えは許されないと解すべきであるところ、処分は、公権力の行使として実定行政法規が定める処分要件が充足されて初めて処分としての適法性が基礎付けられることになるのであるから、取消訴訟における審判対象となる処分の違法一般がどのような事項を含むかも個別の実定行政法規の規定及びその解釈により定まるものと解され、処分理由の差替えが処分の同一性を害することになるか否かも、当該処分に係る個別の実定行政法規の解釈、すなわち当該実定行政法規が処分時の理由に基づいてされた処分と差替え後の処分理由に基づく処分とをそれぞれ別個の処分として措定するという立法政策を採用しているか否かという観点から検討するのが相当というべきである。」

「(2)被告による処分理由の追加の当否について」

「これを本件について見るに、本件各処分は、労災保険法が予定する保険給付を支給しない旨の処分であるところ、労災保険法は、対象疾病に起因する被災労働者の療養、休業、後遺障害及び死亡結果等の被災事由ごとに保険給付の支給を予定しているところ、概要、いずれも申請者から被災労働者の『傷病』及びそ『災害原因』等を特定した請求書の提出を受けた上で、申請された傷病が対象疾病に該当し、これに業務起因性が認められ、他の支給制限事由が存在しない限り、申請された保険給付の種別に応じた個別の要件(具体的な療養費用や給付基礎日額の計算、後遺障害等級の認定等)の充足をもってこれを支給するものと規定している(労災保険法7条1項、12条の8第2項、労災保険法施行規則第3章)。そうすると、労災保険法は、保険給付の種別に応じて処分要件を措定し、申請者が申告した具体的な『傷病』及びその『災害原因』の存否に関する判断を踏まえて申請に係る保険給付の支給の可否を決定するという仕組みを採用しているといえるから、同一の種別の保険給付の範囲内であり、対象疾病の内容及びその原因について同一性があるといえる限りは同一の処分として取り扱うという立法政策を採用しているものと解するのが相当である。
イ 以上を踏まえ、被告による処分理由の追加により本件各処分の同一性が害されることになるか否かについて見ると、本件各処分は、亡Eが労基法116条2項の『家事使用人』に該当することを理由に不支給としたものであるが、同規定は『家事使用人』について労基法の適用を除外し、労災保険法の適用も排除するという法律効果を定めた規定であると解されるから、『家事使用人』の該当性の有無は、業務起因性と同様に労災保険給付の支給要件と位置付けているものと解される。また、本件各処分が処分時において前提とした亡Eの傷病と災害原因は被告による処分理由の追加によっても変わるところはない。この点、本件各処分に際しては、不支給決定の理由として亡Eが労基法116条所定の『家事使用人』に該当し同法の適用除外となり、労災保険法も適用されないという処分理由が提示されているところ、これは本件各申請に係る労災保険給付の給付要件を欠くものであることを示したものといえ、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに処分の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるために処分理由の提示を義務付けている行政手続法8条の趣旨も全うされているといえるから、本件各処分の理由付記に取消事由を構成する違法があるともいえない。

「以上によれば、本件において、被告が本件各処分の処分理由として業務起因性の不存在を追加的に主張したとしても本件各処分の同一性は害されないといえるから、被告による処分理由の追加は許されるものと解するのが相当である。」

3.最早別の処分であるようにも思われるが・・・

 家事使用人か否かと業務起因性の有無は質的に違う理由であり、最早別処分というべきではないかとも思われます。しかし、裁判所は、本件各処分の同一性は害されないとして、処分理由の追加を認めました。

 裁判所の判断には違和感もありますが、本件は理由追加を許容した裁判例としても実務上参考になります。