弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止め-指導・注意されていなかった事実はそれほど恐れるに足りない

1.問題視されていなかった事実の蒸し返し

 労働者側に立って解雇や雇止めの効力を争うと、大抵の場合、使用者側から延々と「過去にこういう問題があった」と数多くの事実を列挙されます。

 しかし、解雇・雇止めの意思決定に本質的な影響を与えている事実は、ある程度絞られてくるのが普通です。数多くの「問題行為」が列挙されていても、その殆どは注意・指導されることなく、放置・黙認されていたということが少なくありません。そして、注意・指導されることなく放置されていた事実が、事件の結論に決定的な影響を与えることは、あまりありません。

 近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、和歌山地判令2.12.4労働判例ジャーナル109-40 学校法人南陵学園事件です。

2.学校法人南陵学園事件

 本件で被告になったのは、

菊川南陵高等学校(菊川校)

和歌山南陵高等学校(本件高校 平成28年4月1日開校)

を開設する学校法人です。

 原告になったのは、被告との間で、期間を平成28年3月31日までとする有期雇用契約を締結し、平成27年7月21日以降、本件高校の開学準備作業に携わっていた方です。期間満了日である平成28年3月31日付けで雇止めを受けたため、その効力を争って、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 被告学校法人は、契約更新に向けた合理的期待がないことを主張すると共に、勤務態度や職員・生徒等とのコミュニケーション能力に問題があるなどと主張し、雇止めには理由があると主張しました。

 しかし、裁判所は、契約更新に向けた合理的期待を肯定するとともに、次のとおり述べて、雇止めには理由がないと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件雇用契約において、契約の更新に関する考慮要素が定められていたこと・・・に照らすと、本件雇止めに係る合理的な理由及び相当性の判断についても、所定の考慮要素、具体的には、原告の勤務成績、態度、職務遂行能力、従事していた業務の進捗状況及びコミュニケーション能力の観点からみて、同人に問題があったか否かが重視されるというべきである。」

-普段の勤務態度-

「原告には、

〔1〕被告が作成した名刺について不満を述べた上、そのことを本来は被告に対して生徒募集活動の結果を報告するための書類である営業報告書に記載していたこと・・・、

〔2〕通勤手当として交通費の支給を受けていた・・・にもかかわらず、本件高校の校舎内で頻繁に寝泊まりをしていたこと・・・、

〔3〕営業報告書の連絡先、顧問の氏名、所属部員数等の基本的な情報について「?」として具体的な記載をしていなかったこと・・・

があり、これらが勤務態度として適切であったかについては疑問がある。」

「しかしながら、名刺に対する不満(〔1〕)については、被告が新たな名刺を作成し直していること・・・も踏まえると、その指摘自体は相当なものであったとみられる。本件高校の校舎での寝泊まり(〔2〕)については、被告がこれを止めるように指導した実績はなく、P2学園長においては、これを現認した際、特段の注意をすることなく飲食物の差入れをしていること・・・に照らすと、被告は、このような原告の行動を問題にしていたとは認められない。営業報告書の記載(〔3〕)については、原告が営業活動の結果をP6総監督に対して報告しており・・・、被告が原告に対して記載内容の改善等を求めていたことがうかがえないことに照らすと、被告は、このような報告の態様に特段問題があるとは考えていなかったと認められる。

「したがって、これらの事実をもって直ちに本件雇用契約の更新を拒絶する客観的合理的な理由に当たるとはいえない。」

「原告が堺市で行われた学校説明会に本件高校の教頭が参加しなかったことを批判する発言をしたことは認められる・・・が、具体的な内容や状況等が明らかではないことに照らすと、本件雇用契約の更新を拒絶する客観的に合理的な理由に当たるとはいえない。」

「被告は、原告について、

〔1〕言葉遣いが荒く、トラブルが絶えず、上司から注意を受けてもこれを改めなかった、

〔2〕本件学校を訪問した取引先の者に対して不適切な対応をした、

〔3〕事前に決裁が必要であるにもかかわらず、無断で備品を購入し、事後に代金の請求を行うことがあった、

〔4〕稟議制度や営業報告書の提出について不満を述べていた、

〔5〕営業活動を禁止され、校内勤務を命じられたにもかかわらずこれに従わなかった、

〔6〕出張命令簿等の必要書類を提出しなかったなどと主張するが、いずれも認めるに足りる証拠は存在しない。

-交通事故について-

「原告が生徒募集の営業活動の際に交通事故を起こしたこと・・・に争いはないものの、事故の原因が明らかでなく、これについて被告が原告に対して処分や注意をしていない(原告本人)ことに照らすと、本件雇用契約の更新を拒絶する客観的に合理的な理由に当たるとはいえない。

「原告が上記事故で平成27年8月21日から同月24日まで入院し、業務に従事できなかったことは認められる・・・が、これによって被告の業務遂行に特段の支障があったことはうかがえず、本件雇用契約の更新を拒絶する客観的に合理的な理由に当たるとはいえない。」

-静岡での面談について-

「原告が平成27年12月2日午前8時に菊川校においてP2学園長と面談するという業務命令を履行することができなかったことは認められる・・・ものの、被告が原告に対して菊川校への出張を命令したのは前記指定日時の2日前であったこと、既に原告には前日及び当日にも業務の予定が入っていたこと、それらについて被告による引継ぎなどの調整や指示はなかったこと・・・に照らすと、原告が前記日時に遅刻したことに関しては、被告側の対応にも原因があったというべきである。そうすると、原告が遅刻したという事実を殊更に重視し、本件雇用契約の更新を拒絶することは、社会通念上相当性を欠くといわざるを得ない。」

-小括-

「以上に加え、P6総監督及びP2学園長が原告の勤務態度には問題がなかったと述べていること(証人P6、被告代表者)、P2学園長は、本件雇止めにおいて、原告が被告の他の職員とコミュニケーションを取れていなかったことを最も重視したと述べる(被告代表者)が、そのような事実を認めるに足りる証拠がないことを踏まえると、前記・・・で検討した事実、高校生の教育に携わるという業務の特質等を総合的に評価したとしても、被告が本件雇用契約の更新を拒絶することは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない。」

3.指導・注意されていなかった事実の過大評価は禁物

 提訴前の交渉段階で、解雇・雇止めの理由を明らかにするように求めると、たくさんの事由が列挙され、意気消沈してしまう労働者の方がいます。

 しかし、指導・注意の対象になることもなく、特に問題視されていなかった事実の蒸し返しが奏功することは、決して多くはありません。

 解雇や雇止めの効力を争う事件で、正確な見通しを立て、争い抜くためには、使用者側の主張のうち、有効打になるものと、そうではないものとを適切に切り分けて行くことが必要です。使用者側の主張を過大評価して、勝てる勝負を諦めてしまわないためにも、解雇や雇止めの効力を争いたいと思ったときには、初期段階から弁護士に対応を相談しておくことをお勧めします。