1.さまざまな名称の固定残業代
賃金額を多く見せかけようとするためか、固定残業代に、一見そうとは分からない名称が付けられていることがあります。このように名称から趣旨を読み取りにくい手当が残業代として扱われている場合、後々、労使間でトラブルになる例が、後を絶ちません。近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪地判令2.11.27労働判例ジャーナル109-34 KAZ事件も、そうした事例の一つです。
2.KAZ事件
本件は、いわゆる残業代請求事件です。
被告になったのは、大衆食堂等の経営を主たる業務とする有限会社です。
原告になったのは、被告に雇用され、C店で勤務し、接客、調理等を行っていた方です。被告を退職後、残業代の支払いを求める訴えを提起しました。
本件の争点の一つになったのは、「調整手当」の取り扱いです。
原告の方の賃金は、
基本給 18万円
皆勤手当 1万円
職能給 5000円
調整手当 5万5000円~8万3500円
休日手当 2万5000円
で構成されていました。
手当の性質を定義する就業規則や賃金規程は存在しなかったものの、被告は調整手当を固定残業代だと主張しました。
これに対し、原告は、
「被告代表者から、調整手当を含め賃金の割振り等の詳細を聞かされておらず、労働条件通知書の交付も受けていない。まして調整手当が2時間の就労の対価であるといった説明や、休憩時間帯の就労状況を確認した上での上乗せを行っている旨の説明を受けたことはなく、原告が、調整手当が時間外割増賃金としての支払であることに同意した事実もない」
と反論し、調整手当が固定残業代であることを争いました。
裁判所は、次のとおり述べて、調整手当が固定残業代であることを否定しました。
(裁判所の判断)
「定額手当制をとる固定残業代の合意が有効であるといえるためには、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金の部分とが明確に区分され、かつ当該手当が割増賃金支払に代わる手当としての性格を有していることが必要というべきである(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁、最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁参照)。」
「これを本件についてみるに、被告は、調整手当のうち5万5000円は、1日10時間、1か月26日の就労を前提に、1日8時間を超える2時間の就労に対し、時給1000円を基準に食事休憩20分を除いた1時間40分の時間外割増賃金の26日分として計算した残業代としての支払であると主張し、証拠・・・中にはこれに沿う部分がある。」
「しかし、証拠・・・によれば、原告は採用時に被告代表者から、1日10時間のシフト制のもとで1か月26日の就労を前提に月27万円と職能手当として月5000円を支払うとの説明を受けたにすぎず、職能手当以外の賃金の内訳についての説明はなかったこと、シフト上の休憩時間以外に被告が主張する20分の食事休憩はその説明も実態もなかったことが認められ、このことは、証人Eが、被告の正社員となって以降の自らの賃金について、額面でいくらとの定めであり、調整手当が何時間分の労働に対する対価かは分からないと証言するところによっても裏付けられ、これに反する被告の主張は採用できない。」
「かかる事実に、調整手当という名称から、これが時間外労働に対する割増賃金の支払であると理解することは困難であることを併せてみれば、原被告間に調整手当のうち5万5000円を固定残業代とする旨の合意があったとは認められない。」
3.就業規則や賃金規程が存在しない事案ではあるが・・・
一見して固定残業代と分からない名称が付けられていたとしても、就業規則や賃金規程で固定残業代であることが明確に定義されていて、それを採用時に労働者が知ろうと思えば知れた場合には、色々とややこしい問題が生じてきます。
しかし、就業規則や賃金規程が存在しない状況下において、何の説明もなければ、「調整手当」が固定残業代であると理解することは困難です。調整手当が残業の対価として合意された事実を認定できないのは当然のことだと思います。
ある手当について固定残業代であることが否定されると、その手当が基礎賃金に組み入れられるほか、残業代の弁済としての効力も否定されるため、認容額が伸びることが少なくありません。
就業規則や賃金規程を持っていない小規模な企業体は割と多いです。こうした企業体に雇われた後、不意打ち的に一定の手当が固定残業代だと言われて、話が違うと思われた方は、残業代の請求を検討してみても良いかも知れません。