弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

インセンティブを加算しなければ最低賃金を上回らない賃金体系の適法性

1.最低賃金

 最低賃金法4条1項は、

「使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない。」

と規定しています。

 この規定との関係で、基本給のみでは最低賃金を下回るものの、インセンティブを考慮すれば最低賃金を上回るという賃金体系を設けることは許されるのでしょうか?

 インセンティブ型の賃金の多くは出来高に応じて支払われます。つまり、出来高が低ければ、理論上ゼロになる場合も考えられます。出来高は働けば必ず上がるというわけでもないのに、こうした賃金体系を設けることは法の趣旨に適合するといえるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.11.26労働判例ジャーナル109-36 ヤマトボックスチャーター事件です。

2.ヤマトボックスチャーター事件

 本件は一審簡裁事件の控訴審事件です。

 本件で被告・被控訴人になったのは、一般貨物自動車運送事業等を業とする株式会社です。

 原告・控訴人になったのは、被控訴人との間で労働契約を締結し、稼働していた方です。

 控訴人の賃金は、基本給(時給660円)とインセンティブで構成されていました。インセンティブは、更に、営業担当奨励給と営業担当インセンティブで構成されていました。

 こうした賃金体系について、控訴人は、

「控訴人に支払われたインセンティブは、場合によっては支給額が0円となることもあること、計算方法は不明確で、周知もされておらず、控訴人は計算方法を理解していないこと、被控訴人側の事情により支給金額が定まる不当な計算方法が採用されていることなどからすると、最低賃金の規制対象となる賃金から除外される『臨時に支払われる賃金』(最低賃金法4条3項1号、同法施行規則1条1項)に該当する。」

「そうすると、最低賃金の対象となる賃金は、時給660円で計算する基本給のみとなるため、最低賃金額を下回る。」

と主張し、最低賃金との差額を請求しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告の最低賃金法違反の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「本件契約におけるインセンティブは、営業担当奨励給及び営業担当インセンティブから構成されていること、給与規程の定めに基づき、営業担当奨励給は、前四半期の人事考課に応じた個人別ランクと勤務地ランクに基づき決定される日額(控訴人の場合は4100円)に当該月の出勤日数を乗じて計算されるものであったこと、営業担当インセンティブは、

〔1〕労働者が所属する支店の前半期の平均発送実績に応じたランクと毎月の前年同月比発送実績伸び率に基づき決定される金額(最低0円、最高3万円)、

〔2〕労働者が所属する支店が毎月の計画を達成した場合の加算金(1万円)及び

〔3〕労働者が毎月の目標を達成した場合の加算金(3万円)

の合計額に、所定の支給率(前記支店の営業利益が赤字の場合や労働者個人の超過勤務が所定の時間数を超過するなどの場合に支給額を上記合計額から減額又は不支給とし、そのような事情がない場合には上記合計額の満額を支給する趣旨のもの)を乗じて計算されるものであったこと、控訴人には、これらの計算方法に基づき、別紙・・・の『給与支給実績/業務インセンティブ』の列のとおり、営業担当奨励給及び営業担当インセンティブが支給されていたことが認められる。」

「前期・・・によれば、インセンティブは、労働者の人事考課及び勤務地、又は、労働者の所属する支店及び労働者個人の実績などに基づき、所定の計算方法に従って支給される賃金であり、控訴人に対しては、営業担当奨励給は控訴人が勤務した全期間の毎月において、営業担当インセンティブは最初の月を除いた全ての月において、それぞれ恒常的に支給されていたものであって、支給根拠の面からも支給実態の面からも、これが『臨時に支払われる賃金』であると評価することはできない。

控訴人は、インセンティブが0円となる可能性を指摘しており、確かに、インセンティブのうち営業担当インセンティブについては、その計算方法をみれば、一定の場合には不支給となる可能性もあり得るといえる。しかし、支給実態をみれば、控訴人について、この可能性が現実化し、営業担当インセンティブが不支給となった月は最初の1箇月のみであり、稀に支給されるという状況にあったとはいえないから、営業担当インセンティブが『臨時に支払われる賃金』であると認めることはできない。

「また、控訴人は、控訴人が具体的な計算方法や計算過程を理解していなかった旨を主張するが、給与規程にはインセンティブの計算方法の定めがあることからすれば、控訴人においてこれを理解しているか否かにかかわらず、本件契約においてインセンティブの計算方法は定まっていたものといえ、前記・・・の結論を左右しない。なお、インセンティブが毎月支払われていたことは、控訴人の給与明細票の記載から明らかであって、これが臨時のものではないことは控訴人にも認識できたというべきである。」

「その他の控訴人の主張も、前記・・・の認定判断に照らして、採用できない。」

「以上のとおりであるから、インセンティブは、『臨時に支払われる賃金』に当たるものとは認められず、基本給とともに最低賃金の規制対象となる賃金に含まれることとなる。」

3.違和感はあるが・・・

 最低賃金法施行規則も出来高払制の賃金について、時給換算のやり方を規定しています(最低賃金法施行規則2条1項5号参照)。

 そのため、出来高払制であったとしても、それが直ちに最低賃金法に違反することにはなりません。

 しかし、労働基準法は労働時間に応じ一定額の賃金の保障をすることを条件に賃金を出来高払制にすることを認めています(労働基準法27条参照)。こうした保障部分がなく、理論的に零になり得るインセンティブ部分を、支給実績から逆算して、最低賃金を上回っていることの根拠に用いることには違和感もあります。

 ただ、最低賃金法上、賃金に参入されない項目が限定列挙されていて(最低賃金法4条3項)、インセンティブが該当しそうなのが

「臨時に支払われる賃金」(労働基準法施行規則1条1項)

しか見当たらない以上、条文の文言との関係で非参入項目として取り扱うことはやむを得なかったのかも知れません

 最低賃金額が制度上保障されていないのに、支給実体から正当を試みるという論理構成に、違和感はありますが、こうした裁判例があることには、留意しておく必要があるように思われます。