1.過去の懲戒処分歴の考慮
一般論として言うと、過去に懲戒処分を受けたことは、懲戒処分を行うのかどうか、懲戒処分の処分量定をどのように考えるのかの判断にあたり、労働者側に不利な事実として考慮されます。
例えば、人事院総長発『懲戒処分の指針について』(平成12年3月31日職職―68)は、
「過去に類似の非違行為を行ったことを理由として懲戒処分を受けたことがあるとき」
を処分の加重要素として指摘しています。
https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.html
しかし、考慮するにしても、多くの論者は一定の時間的な限界があると考えているのではないかと思います。懲戒処分の処分理由には犯罪に至らないものまで広く含まれますが、禁錮以上の刑の言い渡しでさえ、
「罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは、・・・効力を失う」
とされています(刑法34条の2 第1項参照)。
ところが、近時公刊された判例集に、約30年前の懲戒処分歴について、これを懲戒処分をすることにした判断の考慮要素として挙示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、福井地判令5.2.15労働判例ジャーナル137-28 勝山市事件です。
2.勝山市事件
本件で原告になったのは、勝山市の市民・税務課課長補佐の職にあった方です。
令和2年5月1日、処分行政庁勝山市長は、原告に対し、
6か月間給料月額の100分の10を減給する旨の懲戒処分(本件懲戒処分)、
主査に降任する旨の分限処分(本件分限処分)
を行いました。これを受けて、本件懲戒処分、本件分限処分の取消を求めて出訴したのが本件です。
本件懲戒処分は「休暇の虚偽申請 勤務態度不良」を処分理由とするものでしたが、原告には、過去に懲戒処分を受けた経歴がありました。その事実は、
・認定事実(5)
として、次のとおり認定されています。
「原告は、平成2年8月2日、処分行政庁から、地方公務員法29条1項第1号及び第3号に該当するとして、戒告の懲戒処分を受けた」
このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、本件懲戒処分は適法だと判示しました。
(裁判所の判断)
・懲戒処分をすることとした判断について
「前記(1)の認定判断、前記認定事実(1)ないし(5)によれば、原告は、勝山市職員服務規程及び勝山市庁舎等管理規則に違反する行為を複数回にわたり行い、病気休暇の虚偽申請もしていただけでなく、上司から、上記規程や規則に違反する行為につき複数回にわたり注意、指導を受けていたにもかかわらず反復して行っていたこと、原告は、平成2年ではあるものの、過去に戒告を受けたことがあること、本件懲戒処分当時、原告は、課長補佐の職にあったこと、勝山市職員懲戒処分等の指針における懲戒処分の標準例として、病気休暇に関して虚偽の申請をした職員について、減給又は戒告の懲戒処分が標準量定となる、勤務時間中に職場を離脱して職務を怠り、公務の運営に支障を生じさせた職員についても、減給又は戒告の懲戒処分が標準量定となるとされていたことが認められる。」
「そうすると、上記の原告の職務上の義務違反の態様、違反行為後における原告の対応、原告の職責や他の職員への影響、指針における標準例との比較などを踏まえると、原告に懲戒処分をすることとした処分行政庁の判断が、社会観念上著しく妥当を欠くとはいえないから、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したとはいえない。」
・懲戒処分の量定について
「前記(1)の認定判断、前記認定事実(1)からすれば、本件懲戒処分の量定は,勝山市職員懲戒処分等の指針が定める休暇の虚偽申請や勤務態度不良を根拠とする懲戒処分に係る標準量定の中で最も重い処分ではあるものの、標準量定の範囲内の処分であるし、本件では原告に複数の非違行為があり、標準例で定める重い懲戒処分より重い処分を行うことができることをも踏まえれば、勝山市職員懲戒処分等の指針に照らし、本件懲戒処分が殊更重いともいえない。」
「また、本件懲戒処分に至るまでの事情(前記認定事実(2)ないし(4)参照)に照らして、原告が主張するような目的、動機があったとはいえず、またその他考慮すべきでない事情を考慮したとも、考慮すべき事情を考慮していないともいえないことなどを踏まえても、本件懲戒処分の量定に係る判断が、社会観念上著しく妥当を欠くともいえないから、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したとはいえない。」
3.流石に「懲戒処分の量定について」の部分からは落とされているが・・・
平成2年の懲戒処分歴は、「懲戒処分の量定について」の項目からは落とされています。
しかし、「懲戒処分をすることとした判断について」の部分では考慮要素として明示的に指摘されています。
約30年も前の懲戒処分歴を懲戒処分の可否の判断の考慮要素とすることは、民間では殆ど考えられないレベルの発想だと思います。
昨日ご紹介した手続の点も含め、判断の公正さに強い疑義のある裁判例だとは思いますが、公務員の労働事件に取り組むにあたっては、こうした裁判例が存在することも意識しておく必要があります。