弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

情報漏洩での懲戒解雇の有効例-スロットの設定に関する情報の外部への漏洩

1.情報漏洩と懲戒の処分量定

 企業秘密の漏洩は、大抵の就業規則で懲戒事由として規定されています。しかし、漏洩される情報の内容や漏洩行為の態様が多岐に渡ることから、その処分量定は軽微なものから重大なものまで幅広く分布しています。この処分量定の幅広い分布は、情報漏洩を処分事由とする懲戒処分の効力について、見通しを立てることを困難にしています。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、情報漏洩を理由とする懲戒解雇の効力を有効と認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.10労働判例ジャーナル113-58 遊楽事件です。どのような性質の情報を、どのような態様で漏洩すれば懲戒解雇になるのかを知るうえで参考になります。

2.遊楽事件

 本件で被告になったのは、パチンコホールの経営を主要な業務とする株式会社です。

 原告になったのは、被告が運営するガーデンC店(本件店舗)の店長を務めていた方です。スロットの設定に関する情報を外部に漏洩し、特定の人物らに不正に出玉を獲得させ、会社に損害を与えたとして、被告から懲戒解雇されました。これに対し、情報漏洩の事実を否定して懲戒解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、情報漏洩の事実を認定したうえ、次のとおり述べて、懲戒解雇の効力を認めました。

(裁判所の判断)

一般に、設定情報の漏えいは、店舗の業績や存立に直結し得る重大な問題であり、企業秩序に与える影響も大きいところ、本件においてもこれと異なると解すべき事情はない上、前記認定のとおり、被告の算定でも相当額の損害が見込まれていることから、原告の被る不利益の程度を考慮しても、本件処分をすべき必要性は高いというべきである。

「そして、被告は、本件処分に先立ち、就業規則の定める賞罰委員会を開催し、原告の弁明を聞く機会を設けているから、手続的にも不相当であったとは認められない。」

「これに対し、原告は、上記賞罰委員会において、原告の求めにもかかわらず、被告側から根拠資料の提示がされなかったことから、手続的相当性を欠く旨主張するが、後に原告に対し損害賠償請求をすることなども考え得る状況において、被告が根拠資料を提示しなかったことをもって、手続として不相当であったということはできず、上記原告の主張は採用することができない。」

「また、原告は、本件処分当時、被告がどのような根拠資料に基づき、どのような推認過程で原告が情報漏えいを行ったと判断したか明らかでないとも主張するが、前記認定のとおり、Eは、平成30年8月16日、Lに対し、原告が設定情報を漏洩している疑いがあることを根拠とともに伝え、LはそれをM部長に報告していること、D、E、Lらの報告書は、同月25日ないし26日に作成されており・・・、その基礎となるスロット台の稼働データ等の資料自体は被告が保有していたことから、被告が、それらを総合的に考慮して、原告の情報漏えいの事実があると判断したことが、手続的に不相当であったということはできない。」

「その他、原告の主張を考慮しても、本件処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとは認められないから、本件処分が権利濫用として無効となるものとは解されない。

3.処分量定に関する議論がなされなかった事案ではあるが・・・

 本件の原告は処分事由(漏洩行為)の存在を争ったため、処分量定に関する議論(やったことに対して処分が重すぎるという議論)を展開していませんでした。つまり、処分事由の認定に関する議論を突破されてしまうと、なしくずし的に懲戒解雇の効力が有効とされやすい構造の事件であったことは意識されなければならないと思います。

 それでも、パチンコホールを経営する会社において、設定情報を漏洩したことについて、懲戒解雇処分(本件処分)をすべき必要性を高いと判断した点には目を引かれます。やはり、①業務基盤を脅かすような情報を、②故意に外部に流し、③会社に多額の損害を与えたという三拍子がそろうと、懲戒解雇は有効とする方向に大きく傾いてくるのだろうと思われます。