弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分-2年前の非違行為を蒸し返せるか?

1.非違行為を繰り返すことの意味

 刑法には、再犯加重というルールがあります。大雑把に言うと、懲役に処せられた方が、刑の執行の終わった日から5年以内に更に罪を犯した場合、刑の上限が2倍に跳ね上がるというルールです(刑法56条、57条参照)。

 また、再犯加重になるかとは関わりなく、同種前科があることは、一般に量刑を押し上げる事情になります。

 こうした考え方は、刑法に特有のものではありません。労働法の世界でも、非違行為を繰り返していることは、懲戒処分の加重理由になります。

 しかし、非違行為を犯したことは、永遠に桎梏になり続けるわけではありません。刑法の世界でも、5年間何事もなく過ごせば再犯加重はなくなります。また、前刑の終了から10年程度も経過すれば、再び罪を犯して有罪判決を受けたとしても、前科が不利な情状として考慮されることはあまりありません。一定の年限が経過した後、刑の言い渡しの効力が失われる「刑の消滅」という仕組みもあります(刑法34条の2)。

 それでは、労働法の世界において、過去の非違行為は、どの程度まで遡って考慮することができるのでしょうか。

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、名古屋地判令2.10.26労働判例ジャーナル107-20 学校法人梅村学園事件です。

2.学校法人梅村学園事件

 本件で被告になったのは、中京大学を設置する学校法人です。

 原告になったのは、中京大学の教授で総合政策学部の学部長の地位にあった方です(原告P1)。

 被告学園は、

〔1〕原告P1が、平成25年8月31日から平成26年9月1日までの間、大韓民国・・・の延世大学を研究機関とする在外研究を申請し、承認された・・・にもかかわらず、そのうち平成25年9月5日から平成26年2月28日までの6か月の間、無断で韓国を離れてハワイに滞在していたこと(本件在外研究事案)、

〔2〕原告P1が、平成27年10月24日に学生の個人情報が入ったパーソナルコンピューター(PC)を紛失したこと(本件PC紛失事案)、

〔3〕原告P1が、平成28年2月1日に行われた中京大学の入学試験において、学部長として待機出勤義務があるにもかかわらず欠勤したこと(本件入試欠勤事案)

を理由に原告P1を懲戒解雇しました。

 裁判所は、本件PC紛失事案は懲戒事由に該当しないと認定しましたが、本件在外研究事案と本件入試欠勤事案は懲戒事由に該当すると認定しました。そのうえで、懲戒解雇処分を選択したことの当否について、次のとおり判示し、懲戒解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「本件在外研究事案及び本件入試欠勤事案は、いずれも旧規程5条1号が定める懲戒事由に該当するから、原告P1は、これらの事案に基づいて何らかの懲戒を受け得る立場にあったといえる。他方、本件PC紛失事案は、懲戒事由に該当せず、本件在外研究事案は、旧規程5条3号、4号、5号及び17号に、本件入試欠勤事案は、旧規程5条4号に、それぞれ該当するものではない。」

「以上に加えて、上記各懲戒事由となるべき各事案については、

〔1〕原告P1は、ハワイ大学韓国研究センターにおいて研究活動に従事していたのであって、その限りで、中京大学内外研究員規程の趣旨及び目的に反するところはないこと、

〔2〕本件在外研究事案によって被告学園には経済的な損失が発生しているとはいえないこと、

〔3〕原告P1は、本件在外研究事案についてP13教授の指摘を受けるや、速やかにP2理事長に対して謝罪の手紙を送っており、P2理事長も、これに対して今後を戒める趣旨の本件メールを送付するにとどまっているばかりか、原告P1は、内外研究員の資格をはく奪されず、本件在外研究事案は、それから約2年間にわたって問題とされていなかったこと

〔4〕本件入試欠勤事案によって、被告学園の入学試験の遂行上何らかの不都合が生じたという事実は認められないことを指摘することができる。」

「そうすると、本件在外研究事案及び本件入試欠勤事案が懲戒事由に該当するとしても、その違反の程度は、必ずしも原告P1の職を失わせるに足りるほど深刻ないし重大なものであったとはいえない。しかも、これらの事案が時間的に相当な間隔を置いて発生しており、原告P1が懲戒事由に該当する事実を頻繁に惹起していたとは評価できないことや、原告P1には過去に懲戒処分を受けた経歴がないことを併せ考えると、これらを理由とする原告P1に対する本件懲戒解雇は、その性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、したがって、その余の点について論ずるまでもなく解雇権を濫用したものとして無効である。」

「被告学園は、本件懲戒解雇が有効であるとして縷々主張するが、これらの主張はいずれも採用できない。」

3.非違行為の蒸し返しには時間的な限界がある

 どれくらい放置されていれば重い処分が下されるリスクがなくなるのか、どれくらい時間が経てば先に犯した非違行為の処分量定へのインパクトが希釈されるのかについては、明確な基準がないため、判断に悩むことは少なくありません。

 本件の裁判所の判断は、

2年も前から放置されていた非違行為では重大な懲戒処分を科すには無理があること、

懲戒行為の間隔が2年近くも空いている事実は、常習的に非違行為をしていたわけではないという方向で労働者側に有利に働くこと、

を示した点において、実務上参考になります。