弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

習慣化していた遅刻と懲戒処分-出勤停止14日の懲戒処分を行うにあたり事前警告を要するとされた例

1.懲戒処分の効力

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 非違行為をしたとしても、やったことに比して不相当に重い懲戒処分が行われた場合、その懲戒処分の効力は、労働契約法15条によって否定されます。

 ただ、どのような行為に対し、どのような処分が「不相当に重い」とされるのかは条文に書いてあるわけではないため、個別の裁判例を追って相場感覚を養っておく必要があります。

 こうした観点から、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.26労働判例ジャーナル114-52 不二タクシー事件です。何が興味深いのかというと、長期間放置されてきた規律違反行為に対する見方や、出勤停止という裁判で問題になりにくい処分類型が議論の対象になっているところです。

3.不二タクシー事件

 本件で被告になったのは、タクシー事業等を営む株式会社です。

 原告になったのは、昭和30年生まれの男性であり、平成7年1月5日、被告に無期雇用され、タクシー運転手として勤務していた方です。平成31年1月に13回に渡って就業時間に遅刻し、過去再々警告してきた通常就労時間の就労を無視してきたとのことで、被告から14日間の出勤停止処分を受けました。これに対し、処分の無効を主張して、欠勤扱いされた期間の賃金等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の原告は、

「原告の始業時間に後れた出勤は、被告から認められて長年にわたって習慣化していたもので、その間、被告から一切注意を受けておらず、遅刻、帰庫時間遅れについて再々警告を受けたという事実もない。」

などと主張し、出勤停止処分の効力を争いました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、出勤停止処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、特段の理由もなく出庫時間、帰庫時間を守らないで勤務することを長期間継続し、夜勤の乗務員の中でも時間に遅れることが一番多く、複数回にわたって出庫時間、帰庫時間の不遵守を理由として被告から指導を受け、始末書を提出したことがあった。原告は、本件懲戒処分の直前の時期である平成30年12月及び平成31年1月にも多数回の出庫時間の違反があり、帰庫時間に至っては全ての出勤日で違反をし、同年2月4日にも遅刻していたというのであるから、服務規律を遵守しておらず(就業規則30条参照)、故意又は重過失により被告の業務の正常な運営を阻害した(同規則78条)という懲戒事由があったと認められる。また、原告の行為は、正当な事由なく、しばしば無断遅刻するとき(同規則80条3号)及び会社の定めた規則及び規定に違反し、業務上上長の命令に従わず、職場の秩序を紊したとき(同条12号)という各懲戒解雇事由にも形式的には該当していたと認められる。

「しかし、既に被告が複数回の警告を受けていた駐車違反や、東京タクシーセンターにおいて消極的な評価がされることが明確になっている苦情・指導違反とは異なり、本件懲戒処分当時、乗務員による出庫時間、帰庫時間の不遵守が、直ちに被告に対する行政からの指導・行政処分や東京タクシーセンターによる評価上のランク付けの低下につながるものであったと認めるに足りる証拠はない。また、被告の社内で、あと何回出庫時間、帰庫時間の不遵守が続けば行政指導、行政処分の対象になるのかという議論もされておらず、被告乗務員の中には、原告以外にも、出庫時間、帰庫時間を守らない者があったにもかかわらず、本件誓約書における出庫時間及び帰庫時間の厳守が明示的な誓約事項に挙げられていないことからすれば、結局、被告において、行政指導、行政処分や東京タクシーセンターのランク付けの低下を避けるために、原告に出庫時間、帰庫時間を遵守させる切迫した必要があったとはいい難い。」

さらに、原告の出庫時間、帰庫時間を遵守しない勤務状況が常態化していたにもかかわらず、本件懲戒処分まで、同人に対する懲戒処分がされたことはなく、平成27年3月以降、始末書の提出も求められておらず、平成29年2月以降、個別の指導がされた形跡もない。研修での配布資料に出庫時間及び帰庫時間の遵守に関する記載はあるが、上記のとおり、被告乗務員の中には、原告以外にも、出庫時間、帰庫時間を守らない者があったことからすれば、この記載が原告のみに向けられたものということもできない。出庫時間については、被告就業規則の定める出勤時刻の下限が午後10時20分であるにもかかわらず、場合によって、午後9時や午後8時の出庫時刻を指導するなど、被告の指導内容も一貫性を欠いていた。」

「証人P3は、平成30年12月10日、同月19日及び同月29日並びに平成31年1月14日、同月20日及び同月29日に、それぞれ同人ら被告従業員が、原告に対し、出庫又は帰庫が遅い点を指摘して注意したと述べる・・・。しかし、証人P3は、出勤簿に印がついているから、これらの注意をしたことがわかる旨述べる・・・一方で、そのような印の付された出勤簿はすでになく、その経緯について、『今はちょっと当初のあれですから』と述べる・・・のみで、何らの説明もしない。他方、原告は、そのような注意を受けていないと述べている・・・ことからすれば、証人P3の上記供述は信用することができず、本件懲戒処分に先立つ時期に、出庫時間、帰庫時間を遵守するように原告に個別の指導がされていたとは認められない。」

本件懲戒処分は、被告の懲戒処分の体系上、懲戒解雇、降職に次ぐ重さの懲戒処分である出勤停止が選択され、その期間も上限である14日間とされており、決して軽微なものではなく、このような処分をする上では、少なくとも事前の警告が必要であったというべきである。しかるに、本件懲戒処分に先立つ時期に、出庫時間、帰庫時間を遵守するように原告に個別の指導がされていなかったことは、前記・・・のとおりである。さらに、本件懲戒処分は、処分内容を記載した書面を被告事務所に貼り出す方法によって原告に一方的に告知されており、これに先立って、懲戒事由を原告に告げた上で、その言い分を聴く手続はとられておらず、被告就業規則の定める、上長が始末書を提出させた上で、実情を調査した上、処分に対する意見を社長に具申するという手続(83条)も履践されていない。」

「被告は、本件懲戒処分に至る経緯から、原告は平成31年2月5日朝までに、懲戒処分がされることを予告されていた、また、被告就業規則にあらかじめ処分の告知をすべきとする規定はなく、これを欠いていても処分は無効にはならないと主張する。しかし、そもそも、単に懲戒処分がされることを予告されるだけでは、手続の相当性を根拠付けるものとはいえない上に、就業規則の定めがなくても、懲戒処分が社会通念上相当といえるためには、特段の支障のない限り、処分の対象となる労働者に弁明の機会が与えられるべきであるところ、本件において、そのような特段の支障があったことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、上記のとおり、就業規則の定める手続を履践してもいないのであるから、被告の上記主張はいずれも採用することができず、本件懲戒処分は手続の相当性を欠くものであったといわざるを得ない。」

「以上からすれば、原告の行為は懲戒事由には該当するものの、被告において、行政指導、行政処分や、東京タクシーセンターのランク付けの低下を避けるために、原告に出庫時間、帰庫時間を遵守させる切迫した必要性があったともいえず、本件懲戒処分に先立つ時期に、このことにつき原告に個別的な指導もされていなかったことにも照らせば、原告の行為は、懲戒事由として重大であるとはいい切れない(したがって、前記のとおり、原告の行為は懲戒解雇事由に形式的に該当はするものの、適法に懲戒解雇がされ得る状況にはなかったといえる。)。被告は、それにもかかわらず、被告の懲戒処分の体系上、懲戒解雇、降職に次ぐ重さの懲戒処分である出勤停止を選択し(なお、乗務員に対する降職処分はそもそも想定されていないと解される。)、その期間も上限である14日間としたのであるから、本件懲戒処分は、やや重きに失するものであったといえる。さらに、本件懲戒処分につき事前の警告はなく、原告には弁明する機会も与えられていなかった上に、被告就業規則の定める手続も履践されておらず、手続的な相当性を欠くものであったことからすれば、本件誓約書への署名を拒否した原告に対する報復であったとまでは認められないものの、本件懲戒処分は、社会通念上相当であったということはできず、懲戒権の濫用に当たり、無効である。」

3.放置されてきた非違行為は揚げ足取りに使われやすい

 本件では、出勤停止処分に至る経緯として、次の事実が認められています。

「被告は、原告に対し、平成31年1月8日、『私の責任で・・・苦情1件・指導違反1件・駐車違反1件・・・の1つでも発生したら・・・車両停止・Cランク・・・を認識し、平成31年3月31日迄絶対しない事を誓約します。尚、当該行為があった時は、賞与不支給は無論就業規則の処分を受けても異議ありません。』と記載された誓約書(以下『本件誓約書』という。下線部は太字又は大型のフォントサイズを用いて強調されている。)への署名を求めたが、原告は拒否した。被告は、この頃、全乗務員に対し、本件誓約書への署名を求めていた。」

「被告は、原告に対し、同年2月5日朝にも、本件誓約書への署名を求めたが、原告は拒否した」

 その後、同じ日に、原告を出勤停止にすることを記載した書面が被告事務所に貼りだされたという流れです。

 経緯からすると、原告への出勤停止処分は、本件誓約書への署名を拒否したことへの見せしめであることが疑われます。

 懲戒処分に、見せしめなどの他の動機が働いているときには、しばしば黙認・放置されていた非違行為が持ち出されます。

 本件はこのような黙認・放置されてきた非違行為を取り上げるにあたり、事前の警告が必要になると判示した点に意義があります。

 また、遅刻というのは黙認・放置されやすい非違行為の類型ですが、これに出勤停止14日は重きに失するとした点にも意義があります。出勤停止が許容されないのであれば、解雇等のより重い処分は、猶更許容されないはずです。

 本件は、一見すると個性の強い裁判例であるように見えますが、意外と汎用性のある裁判例なのではないかと思います。