弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

顧客・利用者から理不尽に絡まれても、やり返さない方がいい?

1.カスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為)

 近時、カスタマーハラスメントという言葉が社会全体で認識されるようになりつつあります。これは顧客等からの著しい迷惑行為を意味する言葉です。

 令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、「顧客等からの著しい迷惑行為」を「暴行、強迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等」と定義したうえ、事業者は「顧客等からの著しい迷惑行為」により、その雇用する労働者が就業環境を害されることのないよう、適切に対応するために必要な体制の整備や、被害者への配慮のための取組を行うことが望ましいとしています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf

 こうしたルールもあるため、カスタマーハラスメントを受けて対処に困った場合、労働者としては、先ずは事業者への相談を試みてみるのがセオリーです。

 理不尽に顧客等から絡まれたときには、事業者に相談するよりも前に、言い返したくなってしまう方もいるのではないかと思います。しかし、会社内での立場を守るためには、言い返さない方が賢明です。近時公刊された判例集にも、そのことがうかがえる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.3.17労働判例ジャーナル113-60ヴァイアックス事件です。

2.ヴァイアックス事件

 本件は利用者への対応が問題視された解雇事件です。

 被告になったのは、図書館の管理運営業務の請負等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の差定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、図書館で受付業務に従事していた方で、格闘技経験者でもありました。

 平成31年4月25日、78歳の男性利用者(本件利用者)との間でトラブルが発生しました。

 本件利用者は、本件図書館の副責任者であるcから受け取った書籍を、「ここに置くべきである」という趣旨のことを言いながら、元あった場所とは別の場所に置きました。これを原告が注意したところ、本件利用者は大声で言い返し、原告との間でのやりとりが続きました。

 その後、cは本件利用者のところへ行き、本件図書館の外へ誘導しようとしましたが、本件利用者は大声で原告を非難する発言を続けました。

 原告は「なんでそこまで言われなあかんねん。絶対許さん。」などとはは発言し、本件利用者のところへ行き、本件図書館の警備員やcが止めようとする中、外へ出て話をしようなどと言いながら本件利用者の両肩付近に両手をかけたところ、本件利用者が抵抗して転倒しました。

 この件は被告から問題とされましたが、原告は本件利用者への謝罪を拒み、行き過ぎた行為は特になかったとの認識を崩しませんでした。そうしていたところ、原告は被告から普通解雇されてしまいました。本件で問題視されたのは、この普通解雇の効力です。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、普通解雇の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告がある程度強い力でつかむような状況で本件利用者の両肩付近に手を掛けたこと・・・は、殴る蹴るなどの暴力ではないものの、一定の有形力の行使であり、暴行と表現されてもやむを得ないものである。本件利用者は、大声を出していたものの暴れていたわけではなく、本件図書館の器物の損壊や、他の利用者への暴行の恐れがあったとは認められないことや、本件利用者が従前本件図書館において問題を起こしたことはない・・・ことからすれば、原告による本件利用者対応は、本件図書館の受付業務に従事する者として、冷静さを欠いた不適切なものであったというほかない。一般に図書館の職員の行為により図書館の利用者が転倒するという事態は図書館の利用過程において発生する事象ではないのであるから、本件利用者が重大な傷害を負うような結果は発生しなかったものの、原告の有形力の行使を契機として本件利用者が転倒したこと自体が図書館の運営上重大な出来事であり、他社とコンソーシアムを組み区から委託を受けて運営業務を行っている被告の信頼ひいては経営に重大な影響を及ぼしかねない出来事であるから、原告の責任は重大であるというべきである。」

「そもそも、原告が本件利用者に対しある程度強い口調で対応すること・・・がなければ、本件利用者が10分以上原告を非難して大声を出し続け本件図書館外への誘導にも従わないような事態は生じなかったと考えられることに加え、原告は、本件利用者への対応を他の職員に交代することや、少なくとも自らは対応を中断すること、本件カウンターから出て行かないこと、出て行った後も警備員らからの制止に従うことなど、複数の時点で本件利用者との接触を避ける選択肢があったにもかかわらず、自らある程度強い口調で本件利用者への対応を続け、さらにある程度強い力でつかむような状況で本件利用者の両肩付近に両手を掛け、その結果本件利用者が転倒したというのであるから、原告に本件利用者を転倒させるつもりがなかったとしても、原告が本件利用者対応について反省すべき点は多々あるというべきである。したがって、たとえ本件利用者が本件書籍を所定の場所以外の場所に戻したこと・・・が本件利用者対応に係るトラブルの発端であり、本件利用者についても不適切な言動があったことや、本件図書館の他の常勤職員が的確にクレーム処理を担当することがより望ましかったことを考慮しても、原告の対応が正当化されるものではなく、原告の責任が重大であることには変わりがないというべきである。

「さらに、原告は、本件利用者が転倒した直後に本件利用者に対して謝罪することなくさらに詰め寄ろうとしたり・・・、その後も、本件電話1、本件面談1、2及び本件電話2などを通じて、自らの正当性を主張し、本件利用者対応に行過ぎた点はなく、その考えが変わることはあり得ない旨述べ・・・、本件利用者が転倒したことの重大性を理解せず、反省の態度も示さないのであるから、原告を一度問題が起こった本件図書館で今後も勤務させ続けることは困難であり、他の図書館での勤務は考えられないという原告に対して自宅謹慎を命じ、その後改めて面談を行って反省の有無を確認した上、反省が見られないことから、被告での勤務が難しいと考えて自主退職を促したことも不相当とまでは言えないというべきである。さらに、自主退職の促しを受けて原告が被告及び本件利用者に対する訴訟提起、暴露本出版並びに被告の千代田区との契約更新を妨害することを示唆する発言をし、和解による解決も全面的に否定したこと・・・については、原告の言い分が聞き入れられないことや自主退職を促されたことに対する反発である旨の原告の主張を加味しても、被告に対する敵対心をむき出しにしたもので、今後原告が被告の業務命令に従わない可能性を示すものであり、原告と被告との間の信頼関係が破壊されたと判断することには相当な理由があるといえる。そして、原告が自己の正当性と本件図書館での受付業務に従事し続けることに固執して謝罪も明確に拒否して業務命令に従わない姿勢を示している以上、被告が、仮に原告に対して他の図書館への異動命令や懲戒処分を発しても反発して従わないと考えて普通解雇に踏み切ったこともやむを得ないというべきである。

「そうすると、原告の本件利用者対応及び本件利用者対応後の言動は、本件就業規則の普通解雇(27条)に関する定めのうち、『勤務成績又は業務能力が不良で就業に適さないと認めるとき(1号)』、『就業状況が不良で、社員としての職責を果たし得ないと認められたとき(2号)』、『その他前各号に準ずる事由があったとき(10号)』(第2の1(2))に該当すると認められるから、懲戒処分や正式な配転命令を経ることなくなされたことを踏まえても、本件解雇は客観的合理的理由があり、社会通念上相当であると認められ、権利の濫用には当たらず、有効である。

3.絡まれてもやり返さないこと・使用者に対して感情的にもならないこと

 本件の経緯をみると、原告の方が、やや気の毒であるようにも思われます。おそらく本件利用者に謝罪するなり、反省の意思を示すなりしていれば、解雇にはならなかった可能性が高いし、仮に解雇されていたとしても、裁判所がその効力を認めていたかは疑問です。

 しかし、使用者に対して、訴訟提起や暴露本の出版、区との契約更新の妨害を示唆するなど感情的な対応をとってしまったため、解雇は有効であるとの結論が導かれてしまいました。

 ストレスは溜まるかも知れませんが、顧客や利用者から絡まれた場合には、やはり、言い返すなどの対応はとらず、淡々と使用者に対応を相談するに留めておいた方が良さそうです。