弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

軽微な懲戒処分(譴責)だからといって、弁明の機会を付与しないことは許されない

1.譴責・戒告の効力と手続違反

 懲戒解雇の場合、

「就業規則等において労働者に対する弁明の機会を付与することが要求されていない場合にも、労働者に対する弁明の機会を与えることが要請され、この手続を欠く場合には、ささいな手続上の瑕疵があるにすぎないとされる場合を除き、懲戒権の濫用になるとする見解もあり、同旨の裁判例も存在する・・・。しかし、裁判例では、労働者に対する弁明の機会付与を欠くことのみで懲戒処分を無効としないものも多くみられる」(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕391頁参照)とされています。

 このように、懲戒解雇という重大な不利益処分が行われた場合であっても、手続の相当性のみを理由に勝ち切れる事件は、必ずしも多くはありません。

 それでは、より軽い懲戒処分の場合はどうなのでしょうか? 重大な懲戒処分の場面でさえ無効事由になりにくいのだとすれば、軽微な懲戒処分の場合には、猶更、手続違反のみでは勝ちにくいということになるのでしょうか?

 それとも、軽微であっても懲戒処分である以上、懲戒解雇の場合以上に、その意義が希釈されることはないと理解してよいのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.9.7労働経済判例速報2464-31 テトラ・コミュニケーションズ事件です。

2.テトラ・コミュニケーションズ事件

 本件で被告になったのは、情報通信技術に関するコンサルティング業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結していた方です。特徴的なのは、過去に被告に対して労働審判を申立ていたことです。

 労働審判の後も被告のもとで稼働していたところ、被告の従業員Pから、企業年金の確定拠出年金への移行に係る必要書類の提出を求められた際、

「この件で、私が不利益を被ることがありましたら、訴訟しますことをお伝えします。」

とのメッセージ(本件メッセージ)を送りました。

 これが懲戒事由に該当するとして、被告は原告に対して譴責処分を行い、始末書の提出を命じました。これが懲戒権の濫用で不法行為を構成するとして、原告が慰謝料等の支払いを求めて被告を提訴したのが本件です。

 この事件では、譴責処分の効力が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、譴責処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

懲戒処分に当たっては、就業規則等に手続的な規定がなくとも格別の支障がない限り当該労働者に弁明の機会を与えるべきであり、重要な手続違反があるなど手続的相当性を欠く懲戒処分は、社会通念上相当なものといえず、懲戒権を濫用したものとして無効になるものと解するのが相当である。

「これを本件についてみるに、本件けん責処分は、原告に弁明の機会を付与することなくなされたものである。原告がAに対して本件メッセージを送信したこと自体は動かし難い事実であるし、証拠・・・によれば、原告が度々抗議に際して訴訟提起の可能性に言及するなどして被告、その代表者および従業員に対する敵対的な態度を示していたことが認められ、これが抗議の方法として相当といえるか疑問の余地もある。しかしながら、それが脅迫に当たるか、DC移行に係る必要書類の提出を拒むなどした原告の態度が、懲戒処分を相当とする程度に業務に非協力的で協調性を欠くものといえるかについては、経緯や背景を含め、本件メッセージの送信についての原告の言い分を聴いた上で判断すべきものといえる。そうすると、原告に弁明の機会を付与しなかったことは些細な手続的瑕疵にとどまるものともいい難いから、本件けん責処分は手続的相当性を欠くものというべきである。

3.譴責であっても手続は重要

 本件は弁明の機会付与・手続的相当性の欠如を理由に、譴責処分の効力を否定しました。譴責という軽微な懲戒処分においても、弁明の機会付与・手続的相当性を欠けば、その効力が無効になると判示したことは、先例として重要な意味があります。譴責においてそうであるならば、減給や出勤停止などの他の懲戒処分の場合も猶更だとして、他の処分の効力を争う場合に活用することも考えられます。

 譴責や戒告は、必ずしも具体的な不利益と結びついているわけではありません。弁護士費用との兼ね合いもあり、その効力が訴訟で争われることは、それほありません。

 本件は譴責の効力が問題になった珍しい事案として、今後の実務の参考になります。