弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒解雇と退職金-「これまでの功労を抹消・減殺するほどの背信行為」との規範の否定例

1.懲戒解雇と退職金

 退職金制度のある会社では、懲戒解雇と退職金が紐づいていることが多くみられます。懲戒解雇された場合には、退職金は不支給にするといったようにです。

 しかし、懲戒解雇が有効である場合であっても、必ずしも退職金を不支給にすることが認められるわけではありません。退職金の不支給・減額が認められるためには、

「就業規則あるいは退職金規程に退職金不支給・減額条項があることに加えて、労働者のこれまでの功労を抹消・減殺するほどの背信行為があることが必要

とされています(第二東京弁護士会労働問題検討委員会編『2018 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕286頁参照)。

 しかし、近時公刊された判例集に、退職金不支給の許容性を上記の規範によらず、より緩やかに認めた裁判例が掲載されていました。東京高判令3.2.24労働経済判例速報2463-22 みずほ銀行事件です。

2.みずほ銀行事件

 本件は、情報漏洩を理由に懲戒解雇、退職金全部不支給となった方が原告になって、主位的には懲戒解雇が無効であるとして地位確認等を、予備的には退職金の支給を求めて会社を訴えた事件です。

 一審は、懲戒解雇が有効であるとして、地位確認請求を棄却しました。しかし、退職金に関しては、全額不支給は不適法であるとして、請求額の3割を認容する判決を言い渡しました。これに対して、原告が控訴し、被告が附帯控訴したのが本件です。

 本件の裁判所は、懲戒解雇の効力を有効とした一審の判断を是認したうえ、次のとおり述べて、退職金全部不支給も適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件退職金規程・・・5条1項は、懲戒処分・・・を受けた者の退職金は減額又は不支給とすることがある旨を規定しており、懲戒処分を受けた者に対する退職金の支給、不支給については第1審被告の合理的な裁量に委ねている。そして、懲戒処分のうち懲戒解雇の処分を受けた者については、原則として、退職金を不支給とすることができると解される。ただし、懲戒解雇事由の具体的な内容や、労働者の雇用企業への貢献の度合いを考慮して退職金の全部又は一部の不支給が信義誠実の原則に照らして許されないと評価される場合には、全部又は一部を不支給とすることは、裁量権の濫用となり、許されないものというべきである。

(中略)

「第1審原告の行為は、第1審被告の信用を大きく毀損する行為であり、悪質である。また、現実に雑誌やSNSに掲載されて一般人にアクセス可能となった情報は、通常は金融機関(銀行)から外部に漏えいすることはないと一般人が考えるような種類、性質のものであったから、その信用毀損の程度は大きく、反復継続して持ち出し、漏えい行為が実行されたことも併せて考慮すると、悪質性の程度は高い。そうすると、第1審原告が永年第1審被告に勤続してその業務に通常の貢献をしてきたことを考慮しても、退職金の全部を不支給とすることが、信義誠実の原則に照らして許されないとはいえず、裁量権の濫用には当たらないというべきである。」

「第1審原告は、退職金は賃金の後払いであるから、不支給とすることは許されないと主張する。しかし、退職金に賃金の後払い的な性格があるとしても、それは退職金の経済的側面における一つの性質を表現したものにすぎない。過去の労働に対する対価であることが、法的に確定しているわけではない。そうすると、悪質な非行により懲戒解雇された労働者について、退職金支払請求権の全部又は一部を消滅させることは、違法ではない。」

「また、第1審原告は、退職金全額を不支給とするには、当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要であると主張する。しかし、勤続の功績と非違行為の重大さを比較することは、一般的には非常に困難であって、判断基準として不適当である。また、本件について個別に検討を加えると、第1審原告の懲戒事由は、金融業・銀行業の経営の基盤である信用を著しく毀損する行為であって、永年の勤続の功を跡形もなく消し去ってしまうものであることは明確であると判断することが可能である。本件は、例外的に、勤続の功績と非違行為の重大さを比較することが、困難ではないのである。いずれにせよ、本件における退職金全部不支給が違法であるというには、無理があるというほかはない。

3.特異な規範であるように思われるが・・・

 本件の一審(東京地判令2.1.29労働経済判例速報2463-25)は、

「退職金は、通常、賃金の後払い的性格と功労報償的性格とを併せ持つものであり、職員が懲戒処分を受けた場合に退職金を不支給とする条項があったとしても、当然に退職金を不支給とすることは相当ではなく、これを不支給とすることができるのは、労働者が使用者に採用されて以降の長年の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為がある場合に限られると解するのが相当である。

と一般に馴染みのある規範を用いて退職金不支給の可否・範囲を判示していました。

 二審の判断は、こうした規範に依拠することを明示的に否定した点に特徴があります。従来の裁判例の流れからすると特異な判断であり、一般性を有するとはいえないように思われますが、それでも、こうした裁判例の存在自体は、今後、一応意識しておく必要があるように思われます。