弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の懲戒処分-弁明手続は重要な情状事実の発覚以前のもので足りるか?

1.公務員の懲戒処分

 国家公務員法にしても、地方公務員法にしても、懲戒処分を行うにあたっての手続を法定しているわけではありません。処分に際して処分事由を記載した説明書の交付が必要とされているだけです(国家公務員法89条1項、49条1項参照)。

 しかし、事前に弁明の機会を付与することが不要かというと、そこまで割り切った考え方がされているわけではありません。

 例えば、福岡高判平18.11.9労働判例956-69 熊本県教委(教員・懲戒免職処分)は、市町村立学校の教職員への懲戒免職処分の効力が問題になった事案において、

「いやしくも、懲戒処分のような不利益処分、なかんずく免職処分をする場合には、適正手続の保障に十分意を用いるべきであって、中でもその中核である弁明の機会については例外なく保障することが必要であるものというべきである。」

と判示しています。

 また、高松高判平23.5.10労働判例1029-5 高知県(酒酔い運転・懲戒免職)事件も、地方公務員への懲戒免職の可否が問題になった事案において、

「懲戒免職処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず、弁明の機会を与えなかった場合には、裁量権の逸脱があるものとして当該懲戒免職処分には違法があるというべきである。」

と結果が覆る可能性があるにも関わらず弁明の機会付与をしないことは違法だと判示しています。

 こうした裁判例を踏まえ、懲戒処分が行われるにあたっては、何等かの事前手続が踏まれるのが普通です。

 しかし、手続が法定されていないためか、実務上、事情聴取と弁明の機会付与が渾然一体となった運用が行われることがあります。

 例えば、津地判令2.8.20労働判例ジャーナル105-28 津市事件は、地方公務員に対する懲戒免職処分の効力が問題となった事案において、

「原告は、被告津市の事情聴取について、不利益処分の内容や根拠法令を告知した上で行われたものではなく、処分を行うための事実調査にすぎないものであった旨主張する。しかしながら、本件においては、原告に対して、懲戒免職処分がされること等の告知はされていなかったものの、原告が懲戒処分を受け得ることを十分予測し得る状況で、弁明の機会が実質的に付与されていたといい得る程度の手続きが行われたことは上記・・・のとおりであるから、処分の内容の告知等を欠いたことは上記認定判断を左右しない。」

と判示し、不利益処分の内容や根拠法令の告知がなくても、処分の効力には特段の影響を与えないと判示しています。

 このように公務員の懲戒処分を行うにあたっての弁明手続は、かなりラフです。こうした実情を踏まえ、どこまでラフにすることが許容されるのかを注視していたところ、近時公刊された判例集に、目を引く裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判令3.3.29労働判例ジャーナル113-42 堺市事件です。何が目を引くのかというと、弁明の手続後に重要な情状事実が発覚しているにもかかわらず、改めて弁明の機会を設けなかったことについて、問題ないと判断されている点です。

2.堺市事件

 本件は、選挙事務等の業務に関して取り扱っていた被告堺市の選挙有権者データを無断で持ち帰り利用したこと等を理由に懲戒免職処分を受けた原告職員が、その取消を求めて裁判所に出訴した事件です。

 本件で処分事由とされたのは、次の7つです。

「『被処分者は、平成18年度から平成23年度において在籍していた北区選挙管理委員会事務局(北区企画総務課)において、業務上取り扱っていた選挙事務等の補助システム(以下『選挙補助システム』)を上司に無断で自宅に持ち帰り、保守作業を行うとともに、全市域の約68万人の選挙有権者データを持ち帰り、自ら改良したシステム(以下『自作システム』)の動作確認に利用していた。』(以下『処分事由〔1〕』という。)」

「『平成24年4月に公益財団法人堺市産業振興センターに異動となった後も、自宅において自作システムの改良を重ね、堺区選挙管理委員会事務局の職員を通じ、堺区の選挙システム用パソコンの空き領域に自作システムを取り込み、自作システムの動作確認を行った。』(以下『処分事由〔2〕』という。)」

「『また、平成25年8月頃から平成27年1月にかけて複数の民間企業や自治体に対し自作システムの売込みを行っていた。』(以下『処分事由〔3〕』という。)」

「『平成26年6月、被処分者は、公益財団法人堺市教育スポーツ振興事業団の事務局長から、出退勤管理業務のシステム化について依頼を受けた。システムの構築の過程で当該団体職員から従業員の個人情報を含むデータを受け取っていたが、システム稼働後も預かった個人情報を返却することなく、被処分者所有のポータブルハードディスクに保管し続けていた。』(以下『処分事由〔4〕』という。)」

「『被処分者は、平成27年4月、会計室に移動となった際、公益財団法人堺市産業振興センターの個人情報を含む業務関連データを無断で被処分者所有のポータブルハードディスクに移し、個人で契約していた民間のレンタルサーバーに保存した。その際、ポータブルハードディスク内には選挙有権者の個人情報を含む様々なデータも交じっており、これらデータが平成27年4月から6月までの間、インターネット上で閲覧可能な状態にあったもの。』(以下『処分事由〔5〕』という。)」

「『平成27年6月、市政情報課に匿名で通報があり、調査した結果、約68万人の選挙有権者の個人情報、公益財団法人堺市産業振興センターの事業に参加した方の個人情報、公益財団法人堺市教育スポーツ振興事業団の従業員の個人情報等が流出していることが判明したもの。』(以下『処分事由〔6〕』という。)」

「『また事情聴取において、明確な証言を行わず、自宅のパソコンやポータブルハードディスクのデータを消去、初期化する等、事案の全容解明に時間を要することとなったものである。』(以下『処分事由〔7〕』という。)」

 本件で、原告は、余分事由に係る事実関係のほか、処分が行われるに至る手続経過も問題にしました。

 具体的には、

「原告は、情報流出事案に関する事実解明のためのヒアリングを受けているが、これは飽くまでも事案解明のために行われたものであって、懲戒処分に係る手続であることは告げられておらず、懲戒処分を前提として原告から弁明を聴取するための機会ではなかった。」

「また、有権者データのインターネット上への流出の可能性が初めて発覚したのは、平成27年11月23日のことであり、同データのファイルに外部(2名のIPアドレス)からアクセスがあったことが判明したのは、同年12月11日のことであった。しかし、これらの事実が判明して以降には、原告に対するヒアリングさえ行われておらず、弁明を聴取する機会は一切設けられなかった。

本件懲戒免職処分の主たる理由は、有権者データがインターネット上に流出したことにあると考えられるところ、上述のとおりそれが確認されたのは同年12月11日であり、その僅か3日後である同年14日に本件懲戒免職処分がなされている。このことからも、本件懲戒免職処分が、原告に対して弁明の機会を与えることを一切せずに拙速になされたことは明らかであり、適正な手続を欠くことは明白である。

と主張しました。

 要するに、本件懲戒免職処分の帰趨を左右するような重要な情状事実が発覚したにもかかわらず、それに対して改めて事情聴取の機会を設けることなく懲戒免職処分を強行したことは問題だということです。

 こうした問題提起に対し、裁判所は、次のとおり述べて、違法性はないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、情報流出事案に関する事案解明のためのヒアリング・事情聴取を受けているが、これらは飽くまでも事案解明のために行われたものであって、懲戒処分に係る手続であることは告げられていなかったから、懲戒処分を前提として原告から弁明を聴取するための機会ではなかった旨主張する。」

「しかしながら、本件懲戒手続条例には、懲戒処分をする際、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることを定めた規定は存しない・・・。」

「また、処分行政庁は、本件懲戒免職処分をするに先立ち、被告の人事課、堺市選挙管理委員会事務局、産業振興センター及び堺市教育委員会事務局において、原告に対し、平成27年7月17日から同年10月2日までの間に、事態の進展に合わせて、多数回のヒアリングを行っている。そして、証拠・・・によれば、その内容は本件懲戒処分の各処分事由に関する事実関係や原告の認識・意見を聴き取るものであり、これに対して原告は特に制約されることなく説明していることが認められる。」

「この点、原告は、有権者データのインターネット上への流出の可能性が初めて発覚したのは、平成27年11月23日のことであり、そのファイルに外部(2名のIPアドレス)からアクセスがあったことが判明したのは、同年12月11日のことであったのに、それ以降に、原告に対するヒアリングさえ行われず、弁明を聴取する機会はなかった旨主張するが、上記・・・で認定したとおり、同年9月時点では既に有権者データ等の流出の可能性や外部の者によるアクセスが想定されている状況にあり、原告に対するヒアリングもかかる状況を前提に行われているのであるから、原告に対する弁明の機会を欠くこととなるものではない。

「以上によれば、原告に対しては、本件懲戒処分をするのに先立ち、実質的な弁明の機会も与えられていたといえ、この点に関する原告の主張は採用できない。」

3.想定されていれば、それでいいのか?

 実際に情報流出が生じたのかどうかは、本件の処分事由との関係で、かなり重要な意味を持ちます。その事実について、被処分者の認識を問う機会を改めて付与しなかったことについて、安易にすぎるのではないかという感はあります。

 しかし、上述のとおり、裁判所は、ヒアリングの際に想定されていた出来事である以上、改めて弁明の機会を設けなくても問題ないと判示しました。

 判断に疑問はあるものの、事前手続のラフさを一歩進めた裁判例が出されたことは、留意しておく必要があります。