弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒処分には至らない叱責をするにあたっても、労働者の言い分を十分に聞くことが必要とされた例

1.弁明の機会

 懲戒処分を行うにあたっては、適切な手続をとることが必要です。そして、手続の中で最も重要なのは、労働者(被処分者)に弁明の機会を与えることであると理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕559頁参照)。

 弁明の機会を与えることが重要なのは、懲戒解雇といった重大な処分を行う場面だけではありません。最近でも、弁明の機会付与をしなかったことを理由に譴責処分の効力を否定した判決が言い渡されています(東京地判令3.9.7労働経済判例速報2464-31 テトラ・コミュニケーションズ事件)。

軽微な懲戒処分(譴責)だからといって、弁明の機会を付与しないことは許されない - 弁護士 師子角允彬のブログ

 それでは、懲戒処分には至らない叱責をする場面ではどうでしょうか? 単純な叱責であったとしても、労働者の言い分を十分に聴取しないことは、違法とは言えないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている広島地判令3.8.30労働判例ジャーナル118-38 広島精研工業事件です。

2.広島精研工業事件

 本件で被告になったのは、自動車部品のプレス加工、溶接加工、塗装、組立、射出形成等を事業内容とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結していた方です。平成22年1月1日付けで行われた課長職(製造3課長)から平社員への降格の効力を争い、支給されなくなった役付手当(月額6万円)の支払いなどを求めて提訴したのが本件です。

 本件のメインテーマは降格の可否ですが、原告の方は、これとは別に、パワーハラスメント等により精神的苦痛を受けたと主張して、安全配慮義務違反に基づく損害賠償も請求しました。

 原告の方は、パワーハラスメントとして幾つかの行為を主張しましたが、その中の一つに社長Cからの厳しい叱責がありました。

 これについて、裁判所は、次のとおり述べて、違法性を認めました。

 (裁判所の判断)

「Cは、平成25月8月28日に原告と面談した際、原告の給料の多寡に関する原告の認識がおかしい、原告が上司に対して反抗的であるなどとして、声を荒らげて叱責したこと、Cは、同年9月30日、技術課の従業員の依頼を受けて治具の調整を行っていた原告に対し、技術課の課長への報告の有無等をめぐり厳しく叱責し、これにより原告は体調不良を訴えて早退したこと、Cは、同年10月2日にも、製造4課の従業員の依頼を受けてシュートの修理を行っていた原告に対し、原告の上司への報告の有無等をめぐり厳しく叱責し、これにより原告は体調不良を訴えて早退したこと、原告は、同月3日、心療内科を受診し、うつ状態のため同月11日まで自宅療養を要する旨の診断を受けたことが認められる。」

「なお、被告は、同年9月30日のCによる叱責について、原告が技術課からの依頼等もないのに勝手に治具の基準面を削っているのを見つけたため、Cが慌ててこれを止めたものであると主張し、証人Cもこれに沿う供述をするが、自動車部品の製造等の業務に長年携わっている原告が、本来削ることのない治具の基準面を削っていたということ自体、にわかに想定し難いものといわざるを得ず、原告が削ったという治具の修理等が行われたことの裏付けもないことからすると、証人Cの上記供述は信用できない。」

Cは、社長として原告の人事権も有する優位な立場にあることを背景に、原告の言い分を十分に聞くことなく厳しい口調で原告の非を責め、これにより原告を精神的に追い詰めて、うつ状態に至らしめたもので、このようなCの言動は、業務の適正な範囲を超えたものといわざるを得ない。

(中略)

「以上のとおり、被告は、原告に対し、違法に本件降格をして経済的な不利益を与えるなどしている上、合理的な理由なく残業を許可しなかったり、約4か月半にわたり仕事を与えなかったりする不当な取扱いをし、さらに、社長であるCからの厳しい叱責により原告をうつ状態に陥らせて自宅療養を余儀なくさせたもので、これらにより原告には継続的に精神的苦痛が生じているというべきであるから、このことについて、被告には、原告に対する安全配慮義務違反があるというべきである。

3.弁明の機会付与があっても体調不良になるほど叱責するのは問題だろうが・・・

 労働者の言い分を十分に聞いていたとしても、体調不良になるほど激しい叱責を加えれば、違法だと判断される可能性が高いのではないかと思います。その意味で傍論的であることは否めません。しかし、

「社長として原告の人事権も有する優位な立場にあることを背景に、原告の言い分を十分に聞くことなく厳しい口調で原告の非を責め、これにより原告を精神的に追い詰め」

たとの指摘は重要です。これは裏を返せば、

使用者には人事権を背景に叱責するにあたっては労働者の言い分を十分に聞くべき注意義務がある

と述べるに等しい判示だからです。

 懲戒に至らない叱責で心身のバランスを崩す人は珍しくありません。理不尽な叱責に悩んでいる人の権利擁護を考えて行くにあたり、本裁判例は活用できる可能性があるように思われます。