弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

約4年半もの長期間に渡る自宅待機命令について、違法な退職勧奨であるとして慰謝料300万円の支払いが命じられた例

1.退職勧奨と自宅待機命令

 退職勧奨については、

「基本的に労働者の自由な意思を尊重する態様で行われる必要があり、この点が守られている限り、使用者はこれを自由に行うことができる。・・・これに対し、使用者が労働者に対し執拗に辞職を求めるなど、労働者の自由な意思の形成を妨げ、その名誉感情など人格的利益を侵害する態様で退職勧奨が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為(民法709条)として損害賠償を請求することができる。

と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕996頁参照)。

 つまり、「勧奨しているだけだから・・・」との理由で何でもやって良い訳ではありません。強要に渡らなかったとしても、名誉や人格を踏みにじるような方法をとることは違法だと理解されています。

 このルールを搔い潜るための手法として、

延々と自宅待機命令を継続する

というスキームがあります。

 これは、文字通り、労働者が根負けするまで(自分から辞めると言い出すまで)、ずっと自宅での待機を命じ、職場から締め出し続けることを指します。

 大学教授などの一部の特殊な職業を除き、労働者には就労請求権があるとは理解されていません。「通説的な見解は、労働者の就労請求権(使用者からみると労働受領義務)を一般的に肯定することは困難である」とされています(前掲『詳解 労働法』261頁参照)。

 就労は飽くまでも義務であるため、使用者は業務命令権を根拠に自宅での待機を命じることができます。もちろん、業務として自宅での待機が命じられている以上、自宅待機そのものが労働契約の本旨に従った労務提供になるため、待機期間中の賃金は発生します。

 中小以下の規模の企業である場合、大抵の場合、働かない従業員に対して賃金を支払い続けるような余裕はありません。しかし、規模が小さいだけで財務的な余力の大きい企業や、大規模な企業では、

給料を支払い続けながら、意に沿わない従業員を延々自宅で待機させ、職場から事実上排除してしまう、

というスキームをとることができてしまいます。

 しかし、このような措置をとることは、果たして許されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令6.4.24労働判例ジャーナル153-32 みずほ銀行事件です。

2.みずほ銀行事件

 本件で被告になったのは、都市銀行です。

 原告になったのは、昭和44年生まれの男性で、平成19年10月1日付けで被告と労働契約を交わし、銀行員としてコンサルティング業務等を中心とした営業業務に従事してきた方です。無断欠勤等を理由に令和3年2月8日付けで懲戒解雇されたことを受け、

解雇無効を理由とする地位確認等請求、

解雇に先行する退職強要、自宅待機命令等が違法であることを理由とする損害賠償請求

などを行ったのが本件です。

 個人的に注目しているのは、後者の損害賠償請求の部分です。

 本件では、

平成28年4月7日 自宅待機命令

令和2年10月15日 会社からの出社を求める通知

という経過が辿られており、自宅待機期間が実に約4年半にも及んでいました。

 裁判所は解雇自体の効力は認めたのですが、次のとおり述べて、自宅待機命令は違法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告から他の従業員に対する厳しい言動や、上司に対する反抗的な態度から問題のある社員であると認識され改善指導を受けており、最後のチャンスとしてH本部ウェルスマーケティング部PB室に異動したものの、当該部署においても多くの関係者と衝突するなどしていたことから、退職勧奨を受けるに至ったといえる。原告は、平成28年3月25日及び同年4月7日、被告のC参事役及びJ参事役から退職勧奨を受け、さらに、同月8日以降被告から本件自宅待機命令を受けている。その後、同年5月12日、同月25日、同年6月9日、同月20日に行われた面談において、原告は、C参事役又はJ参事役から、進退について判断するよう告げられ、また、原告の上司や同僚とのコミュニケーションに係る問題点やその改善方法についての認識が不十分であるとして、その認識を深めるよう求められた。そして、同年8月9日の面談において、原告が職場復帰を希望する旨述べたところ、C参事役は、原告の反省を求めるということについては終了したという認識を示した上で、ポストが用意できないため退職してもらったほうがよいと考えている旨伝えるなどした。その後、被告は復帰先について提示することなく、令和2年10月15日付け『ご連絡』と題する書面・・・及び同日付け『厳重注意』と題する書面・・・によって、被告から出社を命じるまでの約4年半もの長期間、明示的に出社を求めたり、自宅待機命令を終了する旨伝えたりすることはなかった。

このような長期間の自宅待機命令は、通常想定し難い異常な事態というべきであり、退職勧奨に引き続いて自宅待機命令を受け、その間ポストを用意することが困難であるとして退職することを勧める発言がされつつ、復帰先も提示されないまま、長期間にわたり自宅待機の状態が続けられたことからすれば、原告については、実質的にみて退職勧奨が継続していたというべきである。退職勧奨は任意のものでなければならず強制にわたることは許されないというべきであるところ、原告の勤務状況に問題があったことが被告の退職勧奨のきっかけとなったこと、その後原告が復帰先について希望どおりにならない場合であっても構わないか否かといった被告の問いに対し明言を避けたことが長期化の一因となった面が否定できないことを踏まえても、C参事役が原告の反省を求めることについて終了したとの認識を示し、原告が復帰を明確に求めた平成28年8月9日の面談以降は、原告に退職の意思はないものとして原告の復帰先についての具体的調整を開始すべきといえる。そして、被告は、同月には原告の職場復帰に関する調整を始めなければならない以上、原告に対し同年10月頃までには具体的な復帰先を提示すべきであったといえ、同月以降の本件自宅待機命令は、実質的にみて、原告に対し退職以外の選択肢を与えない状態を続けたものといえ、社会通念上許容される限度を超えた違法な退職勧奨であったといわざるを得ない。さらに、被告は、その後、原告に対し、復帰先について特段の連絡をしていないばかりか、復帰先について検討したことを裏付けるに足りる客観的証拠もなく、原告を今後どのように処遇しようとしていたかすら不明であり、原告が本件自宅待機命令についてK次長に抗議したり内部通報をしたりしても、これに直ちに対応せず結果的に本件自宅待機命令が約4年半もの長期間に及んでおり、その対応は不誠実であるといわざるを得ない。

したがって、本件自宅待機命令は、平成28年10月頃以降前記のとおり令和2年10月15日に終了するまでの部分については、社会通念上許容される限度を超えた違法な退職勧奨として不法行為が成立する。なお、前記・・・で説示したところによれば、原告には業務命令違反が認められるのであり、これを理由とする被告の原告に対する本件厳重注意及び懲戒処分(本件譴責処分、本件出勤停止処分、本件解雇)は有効であるから、この点について不法行為は成立しない。また、原告は、被告の債務不履行も成立する旨主張するが、仮に上記期間の本件自宅待機命令について債務不履行が成立したとしても、後記損害額を左右するものではない。」

(中略)

「上記・・・で説示したところに加え、原告が精神障害を発病し希死念慮が生じたこと(原告本人)も含めた本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰謝料は300万円と認めるのが相当である。

3.高額慰謝料の認容例

 本件で興味深く思われたのは、

給料を払っていれば幾ら自宅待機を継続しても問題ないとはならなかったこと、

行き過ぎた自宅待機命令が退職勧奨/退職強要の問題として扱われたこと、

慰謝料額が300万円と高額に及んだこと、

の三点です。

 給料が払われているのだから損害はないといった形式的な判断がされなかったことは、労働者側にとっての朗報だと思います。

 また、行き過ぎた自宅待機命令を争うには、業務命令権の濫用、退職強要、ハラスメントなど幾つかの法律構成が考えられますが、本件では退職強要構成が採用されました。

 慰謝料が高額化したのは待期期間の異様な長さから精神障害との因果関係が認められたからだと思います。何もされなかったとしても、長期間に渡って放っておかれること自体が強い心理的負荷を生じさせるという判断ではないかと思われます。

 自宅待機がここまで長期化する事案は限られてくるとは思いますが、自宅待機命令を争う局面において、本裁判例は実務上参考になります。