弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

問題行動があっても、就労に支障があったとは認められず、就労と両立するとして、自宅待機命令が業務命令権の濫用とされた例

1.自宅待機命令

 使用者は、労働者に対し、自宅で待機することを業務として命じることができます。これを自宅待機命令といいます。

 この意味での自宅待機命令が発令された場合、自宅で待機すること自体が業務になるため、労働者は自宅で待機しているだけでも賃金の全額の支払を受けることができます。

 しかし、賃金の全額の支払を受けられるからといって、労働者が喜んで自宅で待機しているかといえば、そういうことはありません。想像がつくのではないかと思いますが、自宅待機命令が発令されるような事態は普通ではありません。大体、労使関係が抜き差しならないレベルにまで悪化・緊張して、発令に至ります。そのため、自宅待機命令は、

職場から労働者を不当に排除するものである

として、しばしば業務命令権の濫用にあたるのではないのかが争われています。

 この自宅待機命令が業務命令権の濫用にあたるのではないかという論点との関係で、近時公刊された判例集に参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判令5.10.12労働判例ジャーナル143-30 カウカウフードシステム事件です。

2.カウカウフードシステム事件

 本件で被告になったのは、菓子の製造及び販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結して就労していた方です。賃金の一部が未払である、自宅待機期間(令和4年4月6日~同月20日)の賃金が支払われていない、時間外勤務手当等が未払であるなどと主張し、被告を訴えたのが本件です。

 本件の原告は、

「原告が令和4年4月6日以降就労しなかったのは、被告が自宅待機命令をし、その後も同命令を解除しなかったからである。そして、原告が同月7日に被告本社を訪問しなかったのは就業時間外であり、別の用事に間に合わないおそれがあったからであって、同日の後も被告本社を訪問しなかったのは、被告側で別の候補日を調整するなどしなかったからである。このように被告による自宅待機命令は合理的な理由や根拠に基づかないものであり、原告が労務を提供できなかったのも被告の責めに帰すべき事由に基づくものであるから、被告が賃金支払債務を免れる理由もない。

などと述べ、自宅待機命令期間中の賃金の支払を求めました。

 その可否を判断するにあたり、裁判所は、次のとおり述べて、自宅待機命令が業務命令権の濫用に該当すると判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、令和4年4月4日、豊中工場の休憩室において、Dに対し、本件労働契約の賃金額が月額35万円である旨の誓約書を書くよう求め、Dがこの求めを拒否したところ、原告はその場にあったDの社用携帯電話を持ち帰った。Dは、同日夕方に原告の自宅に電話をかけるなどして連絡をとった上で、同日夜にファーストフード店で原告と待ち合わせたところ、原告は誓約書を書くよう要求して携帯電話の返却に応じず、いったんは同店から出たものの、後に同店内に戻り、同月5日未明にDに対して携帯電話を返還した。」

「Dは、令和4年4月5日朝に被告本社に上記・・・の経緯を報告したところ、原告に対して自宅待機命令を伝えるとともに、同月7日午後5時に本社に来るように伝えるよう言われた。Dは、同月5日夕方、原告に対し、明日は自宅で待機するよう伝えるとともに、同月7日午後5時に本社に来るように電話で伝えたところ、原告は用事があるとして拒否した。Dは、その際、同月7日以降の就労について何も言わなかった。」

(中略)

「被告は、令和4年4月5日に原告に対して同月6日の自宅待機を指示しているところ・・・、豊中工場では周知性のある就業規則が当時存在しなかったこと・・・からすると、上記自宅待機の指示は業務命令権によるものと認められる。そして、上記指示は、原告が同月4日にDの携帯電話を無断で持ち帰ったという出来事によることがうかがわれるものの、原告の同月5日の豊中工場での就労に支障があったとは認められないことからすると、この出来事に係る事実経過の確認等は原告の豊中工場の就労と両立し、他に原告の就労を許容することができない事情は認められない。

したがって、被告がした自宅待機の指示は業務命令権の濫用であり、原告が同月6日に労務の提供をしなかったことについては、被告に民法536条2項所定の帰責事由が認められる。

「これに対して、被告は、原告は令和4年4月5日に同月6日の自宅待機と同月7日の被告本社での面談を告げられた際に、被告本社に行くことを拒否したのであるから、被告に帰責事由はない旨主張する。」

「しかし、被告においては、原告が本社に行くことを拒否したとしても、豊中工場での就労を指示することはできたのであるから、被告の指摘する事情をもって被告に帰責事由がないとはいえない。被告の上記主張は採用することができない。

3.就労と両立するなら、自宅待機命令は業務命令権の濫用

 使用者は、労働者に対し、広範な指揮命令権を有しています。そのため、業務命令権の行使が権利の濫用であるといえる範囲は、決して広くはありません。 

 このような状況の中、裁判所は、原告への自宅待機命令が他の従業員の携帯電話を無断で持ち去ったこと(問題行動)を契機としている事実を認定しつつ、

「原告の同月5日の豊中工場での就労に支障があったとは認められないことからすると、この出来事に係る事実経過の確認等は原告の豊中工場の就労と両立し、他に原告の就労を許容することができない事情は認められない。」

などと述べて、自宅待機命令を業務命令権の濫用だと評価しました。

 この「就労に支障はない」「就労と両立する」(なら問題行動があったとしても自宅待機命令は出せない)といった考え方は、業務命令権が有効になる場面を相当程度限定するものです。業務命令権の権利濫用性を論証するにあたり活用の余地があり、実務上、参考になります。