弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

取締役に就任しても、従業員(労働者)としての地位は失われないと判断された例

1.取締役と労働者

 取締役と労働者とでは大分立場が違います。

 例えば、取締役と会社との関係は、委任の規定に従います(会社法330条)。会社は株主総会決議によって、いつでも自由に取締役を解任できます(会社法339条1項)。これに対し、取締役は、正当な理由がない場合にのみ、損害賠償を請求することができるだけです(会社法339条2項)。

 他方、労働者と会社との関係は、雇用契約・労働契約として規律されます。会社は、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められる場合にしか、労働者を解雇することができません(労働契約法16条)。

 これは飽くまでも一例であり、取締役と労働者としての地位は、他にも色々と異なっています。大雑把に言うと、労働者は労働関係法令で手厚く保護されていますが、取締役にそうした保護は与えられていません。そのため、取締役に昇進することで、却って不安定・不利益な立場に置かれることになってしまうという現象が、実務上、多々生じることになります。

 この取締役としての地位の不安定さが紛争として顕在化すると、しばしば、

取締役の就任により、労働者としての地位が失われたといえるのかどうか?

が争いの対象となります。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル143-46 学究社事件も、そうした事例の一つです。

2.学究社事件

 本件で被告になったのは、学習塾の経営等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、昭和59年3月1日に、株式会社進研社と労働契約を締結し、学習塾(本件学習塾)の塾講師として勤務していた方です。その後、本件学習塾の経営を承継した株式会社進学舎での就労を経て、進学舎を吸収合併した被告で働くことになりました。時系列的に言うと、原告は、

平成16年11月13日には進研社の取締役としての登記を経由し、

平成19年2月28日に進学舎が設立された時には、設立時取締役として登記されました。

 そして、

平成20年1月、被告は進研社の所有する進学舎の全株式を取得し、

平成21年7月、原告は被告の総務本部長としての勤務を開始しました。

平成22年1月1日、原告は被告の執行役に就任し、執行役兼管理本部長、常務執行役兼管理本部長と昇進を重ねました。

平成24年4月1日、被告は進学舎を吸収合併しました。

 結局、原告は被告の専務執行役にまでなりましたが、辞任した後、退職金を請求したのが本件です。

 被告の退職金規程上、役員が適用除外とされていたうえ、従業員の退職金の金額が在職期間と連動していたことから、本件では、取締役や執行役への就任により労働者(従業員)としての地位が失われたのかが争点の一つになりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、取締役就任によっても従業員としての地位は失われないと判示しました。

(裁判所の判断)

「前記前提事実・・・のとおり、被告退職金規程及び進学舎退職金規定によれば、被告において進学舎時代の年数から通算して退職金の支払対象となる者は、進学舎の従業員(進学舎退職金規定2条)であり、かつ、被告に雇用されている者(被告退職金規程10条)であることが認められる。また、進学舎は、進研社が本件学習塾の経営権を被告に譲渡するために設立された会社であること、進研社から進学舎への移籍時に従業員に対し退職金が支払われたといった事情がうかがわれないこと、進学舎を退職した際に進研社時代の勤務年数を通算して退職金を支払われた者がいること・・・によれば、進学舎退職金規定5条は、進研社に在籍していた者については進研社時代も含めて勤続年数を計算する趣旨の規定と解釈するのが相当である。」

「したがって、以下では、原告が、進研社、進学舎及び被告の従業員であったか否かについて検討する。」

(中略)

「前記認定事実・・・によれば、原告は、昭和59年3月1日に進研社に入社したこと、その後、一貫して本件学習塾において塾講師として勤務していたこと、平成8年頃、進研社本社の総務部長に就任し総務業務全般に従事したこと、平成16年11月13日に取締役に就任した旨登記されたものの取締役会に出席したことはなく特段取締役としての業務を行っていなかったこと、取締役就任に当たり従業員としての地位を清算しなかったことが認められる。また、原告は、進学舎に移籍した後も、基本的な業務内容に変更はなく進研社在籍時と同様の塾講師業務及び総務業務に従事していたこと、進学舎の取締役として登記されていたものの取締役会が開催されておらず特段取締役としての業務を行っていなかったこと、取締役就任に当たり従業員としての地位を清算しなかったことが認められる。

「これらの事実によれば、原告は、進研社及び進学舎において、塾講師業務及び総務業務といった実務的で使用者から指揮監督を受けて行うことが想定される業務に従事するとともに、取締役に就任した旨登記された後も、業務内容及び地位について変更されていないということができるから、進研社及び進学舎の従業員であったということができる。

(中略)

「被告は、原告が進研社及び進学舎の取締役であったことから、この頃から、従業員ではなかった旨主張する。」

「しかしながら、原告は、進研社及び進学舎において特段取締役としての業務を行っていない旨供述しているところ、これを覆すに足りる証拠はない。この点に関して、被告は、原告が進学舎の取締役会に取締役として出席していた旨主張し、証人jはこれに沿う供述をするが・・・、同証人自身が認めているとおり、取締役会議事録は作成されていないから・・・、法が定める正式な会議体としての取締役会が行われていたとも、原告がこれに参加していたともいうことはできない。また、原告は、進学舎において、経営会議に参加していたことが認められるものの、これについては地区長として担当地区の生徒数や売上げについて話し合う程度の実務的なものであり、取締役として経営に参画したというような事実と評価することもできない。

「したがって、前記認定事実・・・のとおり、原告は、進研社及び進学舎において、特段取締役としての業務を行っていなかったと認定するのが相当である。被告の上記主張は、理由がない。」

3.仕事が変わっているか? 従業員としての地位が清算されているか?

 以上のとおり、裁判所は、仕事内容に変化があるのか、従業員としての地位の清算がなされているか、といったことを判断要素として、従業員としての地位は失われていないと判示しました。

 取締役(役員)就任に伴って労働者性が失われるのか否かは、実務上、それなりの頻度で直面する問題です。職場から排除するための便法として、役員に昇進させるという方法が使われることもあります。

 取締役に就任したとしても、必ずしも労働者性が失われるとは限りません。取締役になってしまった以上、諦めるしかない-何事も、そのように早合点しないことが大切です。