弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

取締役への就任により従業員としては退職したという主張への対抗手段-管理監督者にも妥当する

1.取締役への就任に伴う退職

 一般論として、取締役と使用人(労働者)とを兼務することは禁止されていません。しかし、取締役への就任に伴い、退職処理がされることは珍しくありません。

 なぜ、このような処理がされるのかというと、比較的簡単にクビを切れるようにするためだと思います。

 従業員(労働者)と取締役とでは、地位の安定の度合いが全く異なります。

 従業員の解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には無効となります(労働契約法16条)。

 しかし、取締役などの会社役員は、株主総会決議によって、いつでも解任することができます(会社法339条1項)。正当な理由のない解任に関しては、残任期分の報酬に見合う損害賠償を支払う必要が生じますが(同条2項)、極論、損害賠償さえすれば、ただ単に気に入らないという理由で解任することもできます。

 この取締役就任に伴う退職について、以前、取締役に就任したら退職するという就業規則がある場合、自動的に退職になるのかという論点を取り扱った裁判例を紹介させて頂きました。

取締役に就任したら退職するという就業規則-これにより自動的に退職したことになるか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、使用者側から、取締役就任に伴う退職が主張されるのは、就業規則に根拠規定がある場合ばかりではありません。特段の規定がない場合にも、従前との職務や待遇の相違が強調され、合意退職が成立したと主張されることがあります。こうした主張への反論を組み立てるにあたり参考になる裁判例が近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令3.9.21労働判例ジャーナル119-46 ロシア旅行社事件です。

2.ロシア旅行社事件

 本件で被告になったのは、日本からロシアへの旅行の企画を主たる業務とする株式会社です。

 原告になったのは、昭和61年3月31日に雇用されて以来、平成30年2月28日までの間、被告で勤務してきた方です。給料の未払・遅配を理由に退職した後、未払賃金や未払退職金の支払いを求める訴えを提起しました。

 しかし、原告の方は、平成3年6月27日、取締役に就任していました。この時に業務内容や報酬が大きく変わったとして、被告は退職の合意が成立していると主張しました。同日時点で退職しているため、退職金の算定要素である在職年数は、原告の主張するほどにはならないという理屈です。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「原告が被告の取締役に就任することに伴い従業員としては退職の合意をしたとする被告の主張について、被告代表者は、『平成3年6月27日開催の被告の株主総会において原告を取締役として選任し、同日、原告に対し、被告の取締役に就任してほしい旨を依頼するとともに、従業員としての退職金は取締役の報酬に含めて支払うことなどを説明した』などと供述し・・・、また、被告は、当該主張を裏付ける事実として、

〔1〕原告が平成6年までに被告の株式1万9000株を取得して被告代表者に次ぐ株主となったこと、

〔2〕取締役就任後、従業員として行ってきた営業活動が減り、管理部門の業務にも当たるようになったこと、原告が被告の機密文書に触れる権限を与えられていたこと、

〔3〕タイムカードによる出退勤の管理がなされなくなったこと、

〔4〕報酬が取締役会の決議で定められ、

〔5〕時間外手当等が支給されなくなったこと、

〔6〕従業員としての退職金を支給しない代わりに役員報酬を加算した結果、報酬額が大幅に増加したことなどを主張する。」

「しかし、被告代表者の上記供述は、口頭により退職の合意をしたことをいうものであって、書面等により退職の手続がなされたことの主張立証はなく、また、退職金規程が存在するにもかかわらず・・・、原告に対し従業員としての退職金が支給されていないことは被告も自認するところである。」

「のみならず、

〔1〕原告が被告の株主となった点については、原告が被告の株式を取得した時期が平成2年及び平成6年のことであること・・・に照らすと、平成3年に原告が被告の取締役に就任し従業員として退職の合意をしたとする被告の主張を直ちに裏付けるものとはいい難く、

〔2〕原告の職務内容・権限の変化、

〔3〕タイムカードによる出退勤管理の廃止、

〔5〕時間外手当等の不支給、

〔6〕報酬の増加の点については、

いわゆる管理監督者(労働基準法41条2号)たる従業員についても妥当する事情であって、やはり原告の従業員性を否定する事情とはいえない。

「そして、

〔4〕原告の報酬が取締役会の決議で定められていたとする点も、

そもそも被告の定款(甲29)又は株主総会において取締役の報酬が定められていた形跡が見当たらない上(平成17年法律第87号による改正前の商法269条、会社法361条参照)、被告が取締役会開催の証拠とする議事録・・・も、原告がその作成部分の成立の真正を否定しており、これを認めるに足りる証拠がないことに照らすと、原告の取締役としての報酬が適法に定められていた事実を認めることはできない。」

「そうすると、被告代表者の上記供述は、裏付けを欠くものというほかないから、これを採用することはできず、他に平成3年6月27日の時点で原告が従業員として退職の合意をした事実を認めるに足りる証拠はない。」

3.対抗手段-管理監督者にも妥当する

 上述のとおり、裁判所は、職務内容・権限の変化等について「管理監督者たる従業員にも妥当する」という論理で被告の主張を排斥しました。

 この論理が通じるとすれば、職務内容・権限等が変わっているのは退職した証左だという主張は、ほぼ意味をなさないレベルにまで無力化できます。汎用性の高い反論方法でもあり、記憶に留めておいて損のない理屈であるように思われます。