弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

執行役に就任しても、従業員(労働者)としての地位は失われないと判断された例

1.執行役と労働者

 株式会社の一種に「指名委員会等設置会社」という会社があります。

 これは「指名委員会、監査委員会及び報酬委員会・・・を置く株式会社をいう」と定義されています(会社法2条12号)。

 指名委員会等設置会社には、1人又は2人以上の執行役を置くものとされ(会社法402条1項)、執行役は取締役会の決議によって選任されます(会社法402条2項)。

 執行役は取締役会決議によって委任を受けた会社の業務執行の決定をしたり、業務執行を行ったりする機関です(会社法418条)。そして、執行役と会社との関係は、取締役と会社との関係と同様、委任に関する規定に従うとされています(会社法402条3項)。

 それでは、この執行役の地位と従業員(労働者)としての地位は両立するのでしょうか? 昨日紹介した東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル143-46 学究社事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。

2.学究社事件

 本件で被告になったのは、学習塾の経営等を業とする株式会社(指名委員会等設置会社)です。

 原告になったのは、昭和59年3月1日に、株式会社進研社と労働契約を締結し、学習塾(本件学習塾)の塾講師として勤務していた方です。その後、本件学習塾の経営を承継した株式会社進学舎での就労を経て、進学舎を吸収合併した被告で働くことになりました。時系列的に言うと、原告は、

平成16年11月13日には進研社の取締役としての登記を経由し、

平成19年2月28日に進学舎が設立された時には、設立時取締役として登記されました。

 そして、

平成20年1月、被告は進研社の所有する進学舎の全株式を取得し、

平成21年7月、原告は被告の総務本部長としての勤務を開始しました。

平成22年1月1日、原告は被告の執行役に就任し、執行役兼管理本部長、常務執行役兼管理本部長と昇進を重ねました。

平成24年4月1日、被告は進学舎を吸収合併しました。

 結局、原告は被告の専務執行役にまでなりましたが、辞任した後、退職金を請求したのが本件です。

 被告の退職金規程上、役員が適用除外とされていたうえ、従業員の退職金の金額が在職期間と連動していたことから、本件では、取締役や執行役への就任により労働者(従業員)としての地位が失われたのかが争点の一つになりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、執行役就任によっても従業員としての地位は失われないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成21年7月、進学舎から被告に移籍し、被告の総務本部長に就任したこと、被告が経営権を取得した本件学習塾について、進研社及び進学舎時代と同様の総務業務に従事していたこと、平成22年1月1日に被告の執行役に就任したことが認められる。」

「これらの事実によれば、原告は、平成21年7月から平成22年1月1日までの間について、進学舎において有していた従業員の地位が清算されておらず連続性があること、被告において総務本部長といった従業員としての役職にのみ就任していることから、被告の従業員として勤務していたということができる。」

原告は、その後、被告の執行役に就任し執行役としての業務に従事したものの、管理本部長等の従業員としての職制上の地位を併有しており、執行役に就任した際、被告に対し退職届を提出したり、雇用保険の資格喪失手続をしたり、被告から退職金の支払を受けたりするなどして従業員としての地位を清算することはなかったことから、従前有していた被告の従業員としての地位に変化はなかったということができる(なお、被告退職金規程3条1号のとおり、被告においては退職金規程上も使用人兼務役員の存在が認められているところである。)。また、原告の業務内容についてみても、塾講師としての業務を続けるなど、実務的で使用者からの指揮監督を受けて行うことが想定される業務にも従事している。さらに、被告は、原告について進学舎退職金規定に則って計算した金額を退職給付引当金として計上したり、進学舎の規定に従って退職金の手続をとることを通知したりするなど、原告のことを従業員であると認識していたと推認できる事情もある。なお、被告は、原告以外の執行役についても、原告と同様に退職給付引当金を計上したり、従業員のみが対象となる企業型確定拠出年金の拠出をしたりするなどしており、執行役についても退職金について従業員と同様の取扱いをしているし、被告においては、執行役に就任した後、従業員の地位に戻る者もいたことなどから、執行役は、従業員と明確に区別されていなかったということができる。

したがって、原告は、被告において、執行役就任に伴い従業員としての地位を喪失したということはできないから、被告の従業員であったということができる。

(中略)

「被告は、原告が被告の職務権限規程上、業務執行権限を有していた旨主張する。」

「前記認定事実・・・によれば、被告の職務権限規程上、執行役は、分担した特定業務を執行し所管部門を概括的に管理することとされていることが認められる。しかしながら、総務等の原告の具体的な所管部門については、管理本部長の所管として定まっていることが認められるから、原告は、従業員兼務執行役として所管部門を概括的に管理する業務に従事していたとみることも十分に可能であり、当該業務についても被告から従業員としての指揮監督を受ける立場にあったということができる。」

「したがって、被告の上記主張は理由がない。」

3.執行役に就任しても当然に従業員としての地位が失われるわけではない

 執行役への就任も、当然に従業員としての地位を失わせるわけではありません。

 執行役に就任したことを理由に労働者としての権利が奪われそうになった時には、引き続き労働者としての地位を有し続けているという主張の可否を検討してみてよいかも知れません。