弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

長時間の残業を強いられている公立学校の教育職員(教員)は国家賠償請求ができないか?

1.公立学校の教師・教諭に残業代が支給されない問題

 メディアで採り上げられるようになり、既に多くの人に知られるようになっていますが、公立学校の教師・教諭には残業代が支給されません。

 給与月額の4%を基準とする教職調整額を支給される代わりに、法律で、

「教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない。」

と定められているからです(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)3条1項2項参照)。

 それでは、どれだけ長時間の残業を強いられても、公立学校の教師・教諭の方は、何も請求することができないのでしょうか? 国家賠償請求をすることにより、長時間のサービス残業により逸失した利益の補填を求めることはできないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、さいたま地判令3.10.1労働経済判例速報2468-3 埼玉県事件です。

2.埼玉県事件

 本件は、埼玉県の市立小学校の教員の方が原告となって、

主位的には時間外割増賃金の、

予備的には時間外割増賃金相当額の損害賠償金の

支払いを求め、公立学校教育職員の給与・手当等の負担者である被告埼玉県を提訴した事件です。

 本件の予備的請求は、国家賠償請求として行われています。

 結論として、裁判所は、主位的請求も予備的請求も棄却しているのですが、予備的請求(国家賠償請求)の可否に関し、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「給特法は、労基法37条の適用を排除する一方で、同法32条の適用を除外していないので、教員についても、同法32条の規制が及ぶことになる。ただし、教員の業務は、その自主的で自律的な判断に基づくものと校長の指揮命令に基づくものが、日常的に渾然一体として行われているため、これを峻別することは極めて困難であり、管理者たる校長において、その指揮命令に基づく業務に当該教員が従事している時間を特定して、厳密に時間管理することが、現状では事実上不可能であることは既に指摘したとおりであり、このような教員の職務の特殊性を踏まえ、給特法が、一般労働者と同じ定量的な労働時間の管理にはなじまないものとして、労基法37条の適用を排除し、時間外で行われる職務を包括的に評価した結果として、教職調整額を支給するものとしつつ、時間外勤務命令を発することのできる場合を超勤4項目に限定することで、同条の適用排除に伴う教員の勤務時間の長期化を防止しようとしたものであることも既に説示したとおりである。」

「このように、給特法が教員の労働時間を定量的に管理することを前提としておらず、校長が、その指揮命令に基づいて各教員が業務に従事した労働時間を的確に把握できる方法もないことからすると、仮に当該教員の労働時間が労基法32条に定める法定労働時間を超えていたとしても、直ちにかかる事実を認識し又は認識することが可能であったとはいえないから、労基法32条違反についての故意又は過失があると認めることはできず、当該教員が校長の指揮命令に基づく業務を行ったことで、その労働時間が労基法32条の制限を超えたからといって、それだけで国賠法上の違法性があるということはできない。」

「他方で、給特法が、無定量な時間外労働を防止し、教員の超過勤務を抑制する趣旨の下、教員に時間外勤務を命ずることができる場合を限定し、教員の健康と福祉を害することとならないように配慮を求めている(同法6条2項)ことからすると、教員の労働時間が労基法32条の制限を超えた場合に常に国賠法上違法にならないとすることは、給特法の前記趣旨に反することにもなりかねない。」

このような事情に鑑みると、当該教員の所定勤務時間における勤務状況、時間外勤務等を行うに至った事情、時間外勤務で従事した業務の内容、その他、勤務の全般的な状況等の諸事情を総合して考慮し、校長の職務命令に基づく業務を行った時間(自主的な業務の体裁を取りながら、校長の職務命令と同視できるほど当該教員の自由意思を強く拘束するような形態での時間外勤務等がなされた場合には、実質的に職務命令に基づくものと評価すべきである。)が日常的に長時間にわたり、時間外勤務をしなければ事務処理ができない状況が常態化しているなど、給特法が、時間外勤務を命ずることができる場合を限定して、教員の労働時間が無定量になることを防止しようとした前記趣旨を没却するような事情が認められる場合には、その勤務の外形的、客観的な状況から、当該校長において、当該教員の労働時間について、労基法32条に違反していることの認識があり、あるいは認識可能性があるものとして、その違反状態を解消するために、業務量の調整や業務の割振り、勤務時間等の調整などの措置を執るべき注意義務があるといえる。そうすると、これらの措置を執ることなく、法定労働時間を超えて当該教員を労働させ続けた場合には、前記注意義務に違反したものとして、その服務監督者及び費用負担者は、国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

(中略)

「以上の原告の時間外勤務における労働時間を踏まえて検討するに、本件校長は、労基法32条の法定労働時間を超えて原告に労働させている状況にあるが、本件請求期間(11か月間)のうち過半数の6か月(9月から11月、1月、5月及び6月)は法定労働時間内にとどまっている。また、法定労働時間を超過した5か月を見ると、12月が5時間8分、2月が5時間47分、3月が4時間48分、4月が2時間26分、7月が14時間48分であり、いずれも学年末や学年始め、学期末といった一般的に本来的業務による事務量が増加するいわゆる繁忙期に当たり、最も長時間の7月は、ちょうど夏休みが始まる月である。こうした原告の時間外労働の時間数や時間外勤務等を行うに至った事情、従事した職務の内容、その他の勤務の実情等に照らすと、本件請求期間において、本件校長の職務命令に基づく業務を行う時間が日常的に長時間にわたり、そのような時間外勤務をしなければ事務処理ができない状況が常態化しているとは必ずしもいえない状況にあり、教員の労働時間が無定量になることを防止しようとした給特法の趣旨を没却するような事情があると認めることができず、本件請求期間における原告の勤務の外形的・客観的な状況からは、直ちに本件校長が労基法32条違反を認識し、あるいは認識可能性があったということはできないから、これを是正するための措置を講じなければならない注意義務を生じさせる予見可能性があったとは認められず、原告が主張する前記注意義務違反を認めることはできない。

「また、原告は、被告が労基法32条の定める労働時間を超えて労働させたことで、時間外勤務手当相当額の経済的損害及び精神的損害を負っているから、本件校長による職務命令が国賠法上違法であるとも主張するが、原告には労基法37条が適用されないことは既に説示したとおりであって、同法32条の定める労働時間を超えて勤務に従事したとしても、時間外勤務手当相当額の経済的損害が生じているとはいえない。そして、原告には勤務時間外労働の対価を含む趣旨で教職調整額が支給されていることに加え、本件請求期間内における法定労働時間を超過した月でも最大で15時間未満であり、直ちに健康や福祉を害するおそれのある時間外労働に従事させられたとはいえないこと、原告が従事した業務内容は、その大半が授業準備やテストの採点、通知表の作成など教員の本来的業務として行うことが当然に予定されているものであることから、原告が法定労働時間を超えて業務に従事したとしても、これによって、原告に社会通念上受忍すべき限度を超えるほどの精神的苦痛を与えているとは言い難い。」

「したがって、国賠法上の違法性に関する原告の主張は、いずれも採用することができない。」

3.労働強度、残業時間の問題で負けている

 以上のとおり、裁判所は、無定量な残業が国家賠償法上違法になる余地を認めました。本件で原告敗訴になったのは、立証できた残業時間数が十分な量に達していなかったからであるにすぎません。逆に言うと、残業時間数が膨大であることが立証できていれば、勝訴できていたかも知れないということです。

 従来、給特法上の条文構造上、教育職員(教員)のサービス残業の違法性を問うことは難しいと考えられてきました。

 労働者(公務員)側敗訴の事案ではあるものの、本裁判例は、そうした固定概念に風穴を開ける画期的なものです。膨大な残業時間数が立証可能なケースではどうなるか、後に続くであろう裁判例が注目されます。