弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

会社は業務委託先である個人事業主に対するセクハラを許さない義務を負う

1.雇用管理上の措置

 男女雇用機会均等法11条1項は、

「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

と規定しています。

 これに基づいて、平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」【令和2年6月1日適用】は、セクシュアルハラスメントの定義を定めるとともに、事業者が講ずる必要があるとする「雇用管理上の必要な措置」の内容を規定しています。

 より具体的に言うと、上記指針は、職場におけるセクシュアルハラスメントを、

「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」

と定義したうえ、「労働者」の範囲につき、

「いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む事業主が雇用する労働者の全てをいう。」
「また、・・・派遣労働者についてもその雇用する労働者と同様に、・・・措置を講ずることが必要である。」

と広範に網をかけることにより、職場におけるセクシュアルハラスメントが行われないよう規制の実効性を高めています。

 しかし、ここで一つ問題があります。

 他の事業主に雇用されている労働者や、求職者、インターンシップ生、個人事業主など(個人事業主等)は、どうなるのかという問題です。

 上記指針は、

「事業主は、当該事業主が雇用する労働者が、他の労働者(他の事業主が雇用する労働者及び求職者を含む。)のみならず、個人事業主、インターンシップを行っている者等の労働者以外の者に対する言動についても必要な注意を払うよう配慮するとともに、事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)自らと労働者も、労働者以外の者に対する言動について必要な注意を払うよう努めることが望ましい。

と規定しています。

 この文言から分かるとおり、指針上、個人事業主等に対するセクシュアルハラスメントの防止は、法的義務よりも一段階落ちる配慮義務・努力義務として位置付けられてきました。

 しかし、これは、指針上の位置付けを示すものにすぎず、企業が個人事業主等に対するセクハラを防止する義務を負わないことを意味するわけではありません。近時公刊された判例集にも、業務委託先である個人事業主に対するセクハラについて、会社の責任が肯定された裁判例が掲載されていました。東京地判令4.5.25労働判例ジャーナル125-22 アムール事件です。

2.アムール事件

 本件で被告になったのは、エステティックサロンの経営等を目的とする株式会社(被告会社)と、その代表者です(被告代表者)。

 原告になったのは、美容ライター等と称して個人事業主として働いていた方です。

ウェブサイトの運用等に係る業務委託契約を締結し、当該業務を行ったにもかかわらず、被告会社から報酬が支払われない、

被告代表者からハラスメントを受けた、

などと主張し、準委任報酬や損害賠償金の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、セクシュアルハラスメントの存在を認め、被告会社にも損害賠償義務があると判示しました。

(裁判所の判断)

・被告代表者の原告に対するハラスメント行為の有無及び不法行為の成否)について

「前記・・・によれば、被告代表者が、

〔1〕平成31年3月20日、本件店舗において打合せを行った際、原告に対し、これまでの性体験や自慰行為等に関する質問をしたこと・・・、

〔2〕同月28日、本件店舗において1回目の施術を受けた原告に対し、無理やりにでも裸になった方が施術のときにくすぐったく感じなくなるなどと述べて、バストを見せるよう求めたこと・・・、

〔3〕令和元年6月3日、本件店舗において6回目の施術を受けた原告に対し、施術用の紙パンツを脱ぐよう指示し、3回にわたって原告の陰部を触った上、自分で陰部を触ることを要求して従わせ、さらに被告代表者の性器を触ることを要求したこと・・・、

〔4〕同月17日、本件店舗において打合せを行った際、原告に対し、性交渉をさせてくれたら食事に連れて行くなどと述べ、キスをするよう迫り、原告の腰を触り、原告の臀部に被告代表者の股間を押し付けたこと・・・、

〔5〕同年8月31日、原告に対し、原告が執筆した記事の質が低いことなどを理由として契約を打ち切る旨を告げ、原告が被告会社の専属として仕事をしていなかったことにがっかりしているなどのメッセージを送信したこと・・・、

〔6〕同年9月1日、原告に対し、今の原告はプロフェッショナルではない、書く記事が全て上位に表示されないのであれば意味がないなどとメッセージを送信したこと・・・、

〔7〕同月4日、原告に対し、仕事の質が低いことや兼業をしていることなどについて不満を述べた上・・・、

〔8〕原告を抱擁してキスを迫り、原告の臀部に被告代表者の股間を押し付けたこと・・・、

〔9〕同年10月7日、本件店舗において打合せを行った際、原告を抱擁し、キスをしようとした上・・・、上半身の着衣を脱ぐよう指示し、女性Aと互いに相手の胸を触るよう指示したこと・・・、

〔10〕同月21日、原告から、原告が行った作業を検証ないし評価する方法について話合いを求められたのに対し、そういうことも教えないとわからないのであれば報酬を要求しないでほしい旨、原告とは契約も交わしていないし、今の状況ではスキルが低すぎるので契約は交わせない旨、被告代表者の教えの下に育ててほしいのであれば報酬は要求しないでほしい旨のメッセージを送信したこと・・・が認められる。」

「上記〔1〕ないし〔10〕の被告代表者の一連の言動は、原告の性的自由を侵害するセクハラ行為に当たるとともに、本件業務委託契約に基づいて自らの指示の下に種々の業務を履行させながら、原告に対する報酬の支払を正当な理由なく拒むという嫌がらせにより経済的な不利益を課すパワハラ行為に当たるものと認めるのが相当である。」

「これに対し、被告らは、被告代表者が原告より経済的に優位な立場にあるわけではなく、原告が被告代表者に従属する立場にあるわけでもないから、被告代表者の行為は原告に対するセクハラ行為ないしパワハラ行為には当たらない旨を主張するが、被告代表者が原告に対して性的な言動に及んだ合理的な理由は見当たらず、これらはいずれも原告の意に反するものであったと認められる上、上記・・・において説示したとおり、原告が、当時、美容ライターとして固定額の月収を得られる仕事に就いたことがなく、被告代表者から、基本給を月15万円として業務委託契約を締結し,仕事の内容や結果をみて報酬を増額することや役員ないし正社員としての採用する可能性を示唆される一方で、結果が出なければすぐに契約を終了させる旨を告げられた上で、被告代表者の指示を仰ぎながら業務を履行しており、原告が被告代表者に従属し、被告代表者が原告に優越する関係にあったものというべきであるから、上記の言動は原告に対するセクハラ行為ないしパワハラ行為に当たるものと認められる。被告らの上記主張は採用することができない。」

「したがって、上記(1)〔1〕ないし〔10〕の被告代表者の行為は、原告に対する不法行為に当たるものと認めるのが相当である。」

・被告会社の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任の有無について

原告は、被告会社から、被告会社HPに掲載する記事を執筆する業務や被告会社専属のウェブ運用責任者として被告会社HPを制作及び運用する業務等を委託され、被告代表者の指示を仰ぎながらこれらの業務を遂行していたというのであり、実質的には、被告会社の指揮監督の下で被告会社に労務を提供する立場にあったものと認められるから、被告会社は、原告に対し、原告がその生命、身体等の安全を確保しつつ労務を提供することができるよう必要な配慮をすべき信義則上の義務を負っていたものというべきである。

「しかるに、被告会社は、被告代表者自身による上記・・・〔1〕ないし〔10〕のセクハラ行為ないしパワハラ行為によって原告の性的自由を侵害するなどし、上記義務に違反したものと認められるから、原告に対し、上記義務違反を理由とする債務不履行責任を負う。

3.実質的指揮監督関係は要件だろうか?

 上述のとおり、裁判所は、会社の個人事業主に対する安全配慮義務違反を認めました。客体が個人事業主である以上セクハラに関する責任は負わないといったような、形式的・画一的な判断がなされるわけではないことを示す一例として参考になります。

 問題はセクハラから個人事業主を守る義務を導くにあたり、実質的な指揮監督関係の存在が要件になるかという点です。ベースとなる法律関係によってセクハラが許容されたり許容されなかったりするのは不合理であることから、個人的には実質的な指揮監督関係がある場合に限られるわけではないだろうと思いますが、安全配慮義務違反を認める裁判例の中には、こうした文言を挿入する裁判例が多いこともあり、裁判所がどのように考えているのかは今一掴み切れないところがあります。

 とはいえ、業務委託=セクハラから保護されない、というわけでないことは間違いありません。本件では140万円と比較的高額な慰謝料が認定されています。フリーランス(個人事業主)の方でも、お困りの時には、一度、弁護士のもとに相談に行ってみると良いと思います。もちろん、ご相談は、当事務所でもお受けしています。