弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

新入社員がセクハラを他の職員に相談できなかったことに合理性があると判断された例

1.長時間経過後の供述の信用性

 一般論として、長時間経過した後の供述について裁判所に信用性を認めてもらうことは必ずしも容易ではありません。

 時間が経過すると、事案の詳細を具体的に語ることができなくなります。記憶の減退によって勘違いが生じ、客観的な証拠と矛盾することを話してしまうリスクも増します。また「それまで黙っていたのに、なぜ、今更になって言い出すのか?」という供述出現の経緯の不自然さも指摘されます。こうした要因が複合的に絡み合うため、古い出来事を対象とした供述には信用性が否定されることが少なくありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、長期間経過後のセクシュアルハラスメントに関する供述に信用性が認められた裁判例が掲載されていました。昨日、一昨日とご紹介させて頂いている横浜地判令3.10.28労働経済判例速報2475-26 医療法人社団A事件です。

2.医療法人社団A事件

 本件は日常的なセクシュアルハラスメントを理由とする普通解雇の可否が問題となった事件です。

 本件で被告になったのは、複数の診療所を経営する医療法人社団です。

 原告になったのは、診療所の開設及び運営に関わる付帯業務一般に従事し、「次長」の肩書を用いて勤務していた方です。診療所の職員らに対して常態的にセクシュアルハラスメントを行ったことなどを理由に被告から解雇されたことを受け、その効力を争い、労働契約上の地位の確認等を請求したのが本件です。

 冒頭のテーマとの関係で意味があるのは、Q6診療所の管理栄養士として勤務していたP10に対するセクシュアルハラスメントです。

 裁判所はP10との関係で、次のような事実を認定しました。

(裁判所が認定した事実)

 原告は、平成29年10月頃、Q6診療所の休憩室において、まだ入職して間もなかった管理栄養士であるP10・・・に対し、雑談後に『頑張ってね』と声を掛けながら、手の指先でその頬を触った。また、原告は、平成30年1月、P10から仕事上のミスについて報告を受けた後、同人に『頑張ってね』と言いながら、手の指先でその頬を触った。その他にも、原告は、P10が座って仕事をしている時等に、複数回、ポンとたたくようにして、同人の方や背中を手の平で触った。・・・」

「さらに、原告は、平成30年9月上旬、前日の送別会の幹事であったP10に対し、反省会と称して食事に誘い、P10を心配して付き添っていた職員が約30分で帰宅すると、他の職員が妊娠して退職したことについて、子供をつくるタイミングではないなどと述べて同職員の夫を責める話をしたり、退職したP5について、『僕はP5さんをすごく好きだった。好きというのは、セックスをしたいという意味ではない。』といったり した。そして、原告は、何歳で初めて性交し、他の男性との間で一人の女性を取り合って勝ったなどと、恋愛や性交渉に関する経験を語り、『カウンセリングは相手を好きだと思って話せ。僕もP10さんのことを口説くつもりで今話しているんだ。』と言った。・・・」

 被告法人がQ6診療所の常勤職員から原告の言動についてのヒアリングを行ったのは、平成30年10月11日から平成30年10月16日までの間とされています。そのため、平成30年9月のエピソードはともかく、平成29年10月頃・平成30年1月頃のエピソードに関しては、供述が把握されるまでの間に10か月~1年程度の時間的隔絶が生じていることになります。これは法律家的な感覚で言うと「古い」供述に属するのですが、裁判所は、次のとおり述べて、上記事実を認定する根拠となったP10の供述に信用性を認めました。

(裁判所の判断)

「P10の修験は、Q6診療所における日常的な業務の中で、原告に『頑張ってね』と声を掛けられ、頬を触られるという出来事が約3か月のうちに2回あり、肩や背中をポンとたたかれることも何度かあったというもので、原告において自己の行為が相手の女性に不快感、苦痛を与えかねないものであることについて自覚を欠き、何のためらいもなくその行為に及んでいることを示すものであるところ、P10は、これらのことを他の職員に相談できなかったのは、平成29年10月に被告に就職したばかりであり・・・、社会人になるとこれらのことは当たり前のことなのかと考えたからである旨合理的に説明し、記憶が曖昧な点は、その旨正直に述べるなどしており、証言の信用性が高い。

「したがって、平成29年秋以降における原告におけるQ8診療所及びQ6診療所の職員らに対する上記・・・の認定事実・・・の言動は、いずれも認められる。」

3.就職直後のセクハラ被害はある程度時間が経った後でも事件化できる?

 本件の裁判所は、

「就職したばかりであり・・・、社会人になるとこれらのことは当たり前のことなのかと考えたからである」

という供述経過に関する説明に合理性を認めました。

 また、記憶が減退・曖昧になっている箇所について、その旨正直に述べていることを、供述に信用性を認める根拠として指摘しました。

 本件はセクハラ被害者からの損害賠償請求事案ではありませんが、こうした論理が認められたことは意義のあることだと思います。新卒社員が入社後まもなくセクハラ被害に遭ったようなケースでは、周囲に相談していた証跡のない事案でも(問題視していたことを対外的に表示していなかった事案でも)、1年程度であれば遡って事件にすることができるかも知れません。